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たまご色の憂鬱

たまご色の憂鬱

 朝。薫がリビングへ向かうと、ソファーの影から何者かがむくりと起き上がった。ちかごろ薫の自宅に寝泊まりしている奏汰だ。薫よりも一足早く目を覚ましていたようでリビングで待っていたのだろう。 目を擦りながら奏汰は開口一番「なんですか、これ」と言…

garden.

【再録済】在庫なし/あんスタ!羽風薫×深海奏汰 奏薫スイートピー合同誌/A5サイズ116p(小説1作品・漫画3作品)/会場頒布価格¥900/スイートピーとその花言葉をテーマとした、四人の執筆陣による合同誌です。「門出」を担当し、僭越ながら小説を書かせていただきました。

地獄道中─夢中夢

 オブラートが嫌いだった。 それは、粉薬を包み込むオブラートとしても、婉曲的に語るときのオブラートとしても。もっと素直に言ったらどうだ、はっきりしない曖昧な言い回しが苦手で、苦笑いを浮かべる相手から無理やりに聞き出したこともある。 薬を飲み…

たった一言でいいから。

 引き戸がガタガタ揺らされている。隙間からは下手くそな口笛のような音が勢いよく漏れていた。今夜は大雪になるらしい。雪の礫混じりの強風は、築ウン十年のこの家を丸ごと薙ぎ倒してしまうんじゃないかとすら脳裏によぎった。(ま、お師さんン家やし、そん…

nowhere

「エレベーター? ヤです。あれ、『ふわっ』ってなるじゃないですか。ただでさえ、こんなにふわふわしてるのにもっとふわふわしたものに乗るなんて、司がどこか飛んでちゃってもいいんですかぁ。せなせんぱぁい」「ああ、もうっ……。この、クソガキっ」 ア…

カーテンの内側で約束した

 クリーム色のカーテンが風のかたちを柔らかく捉えている。このダンスルームはいま無人のはずで、なのにカーテンの下から人間の足が生えていた。薫はほとんど"ガワ”だけの薄っぺらな鞄を肩にかけ直し、窓辺に近寄る。 カーテンの裾をめくり、何見てるの、…

君の命日まで

「もー、いーくつ寝ーるぅと、おーしょーう、がぁつ」 清潔な白に囲まれた部屋。英智は横たわったまま、外の世界を切り取るには些か狭すぎる窓へぼんやり顔を傾け、口ずさむ。「あと340日くらいはありそうですねぇ」 水を入れ替えた花瓶に花を挿し戻しな…

最初の罪

 斎宮宗(9)は鬼龍家のお母様からレース編みを習っている。 宗はいつものように玄関に立ちチャイムを鳴らすが、どれだけ待っても返事がない。 不審に思った宗は無理やり柵を乗り越え侵入する。 友人でありここの息子である紅郎はどこへ行ってるのだろう…

半身

 葵ひなたはかつて自分自身を殺した、そのうえその死体を見ないふりしている。 見ない見ない、ゆうたくんと同じじゃ意味が無い。いまもその死体はそこにあるのに 見ない見ない、"葵ひなた"の死体なんて見ない、見えない、見ていない。 だって俺はここに…

其のはらわたは何色

『瀬名先輩と一緒に死にたかったのに、"また"死ねませんでしたね』 心中に失敗した司と泉は、接触による精神悪化を防ぐため別々の病院に搬送されていた。 なぜあんなことをしたのか、と病室でひとり放心する泉のもとに、どこから嗅ぎ付けたのか入院着のま…

この空の下にあるものすべて

 守沢千秋が率いる四人編成の部隊は、他に行くあてのない者たちの寄せ集めと称されていた。 戦闘機の操縦は天才的だが協調性のない明星スバル、もともと整備士だがテスト飛行が上手すぎて実働部隊に配属された衣更真緒。嫌々軍隊に入った高峯翠。 守沢は優…

神父と吸血鬼

 ある夜、教会の清掃を終えてスーパーで四割引になった惣菜を買った帰り。 暗闇の向かい側から、一匹の子猫が「にゃーん」と俺を呼んだ。生後三ヶ月くらいだろうか。動物は嫌いなほうではない。レジ袋を下げているからなにか餌をねだりにきたのだろうが、あ…