たまご色の憂鬱

 朝。薫がリビングへ向かうと、ソファーの影から何者かがむくりと起き上がった。ちかごろ薫の自宅に寝泊まりしている奏汰だ。薫よりも一足早く目を覚ましていたようでリビングで待っていたのだろう。

 目を擦りながら奏汰は開口一番「なんですか、これ」と言った。指はテーブルの足元に置かれた、派手にラッピングされた鉢植えを指している。

「昨日スタッフの子から貰った。〝門出のお祝い〟だってさ」

「ふ~ん……」

 あくび混じりに「おはよう」を言い、薫は冷蔵庫を開けた。二人ぶんの朝食になりそうなものを適当にチョイスし、ダイニングテーブルへ並べていく。結果、ロールパンに茹でたソーセージ、即席のネギの味噌汁、昨日の朝食の残りのだし巻き玉子という訳のわからない取り合わせになってしまった。

「そのこって、『おんなのこ』ですか?」

 食卓についてもなお奏汰はあからさまに不機嫌そうで、味噌汁をわざと音を立てて飲んでいる。俺なんか悪いことしたっけ、と薫は不安になり自分の言動を見返すが心当たりがない。だが、奏汰の視線はチラチラと足元の鉢植えを気にしていて、ああこれかぁ、とすぐに合点がいった。

「奏汰くん、もしかして妬いてるの?」

 だし巻きの頭上で箸がぴたりと静止した。奏汰は瞬間躊躇したがすぐ冷静さを取り戻したふうを装い、頬をひきつらせながら口にだし巻きを放り込む。

「べ~つ~に~? なんか『おもしろくない』って、おもったので~?」

「花に面白味を求められてもなぁ」

 ビンゴだ。おそらく鉢植えの、いかにも女性が男性に贈りましたというような派手なラッピングが気に食わないのだろう。薫は食事の手を止め、鉢に巻かれたリボンやラッピングを丁寧に剥がしていく。こぢんまりとしたピンク色のスイートピーだ。

「俺はこれけっこう好きだよ? 素朴で可愛いじゃん」

「ふ~ん……ぼくはそれ、『きらい』です」

「はっきり言うね~。でもそのうち好きになるかもよ?」

 奏汰は花を一瞥するが、すぐにぷいっと横を向いた。完全に機嫌を損ねてしまったなぁと薫は心の中で呟き、ロールパンをかじる。だが自分と奏汰の付き合いはかなり長いのだ、こうなってしまったときの機嫌の取り戻し方を薫はよく知っている。

「今日俺仕事休みだからさ、一緒に洗濯物干そっか。そこそこ溜まってたよね」

「えっあっ、はい! わかりました」

 〝一緒〟とか〝同じ〟とか、その手のワードに奏汰は弱い。それは出会ったときから変わらないようだ。さっきまでの不満顔が嘘のように奏汰は晴れ晴れとした表情でソーセージを食べた。

 高校のころ、『おんなじなのは嬉しいな』と言ってたやつがいた。――だがそれも今となっては昔の話だ。

「かおる、これ、たべます?」

 皿にはだし巻きの最後の一切れが残っている。ああどうしようかな、と返事を迷っていると、奏汰は箸でそれを半分に割った。

「じゃあ、『はんぶんこ』しましょう」

「……ホント、奏汰くんには敵わないなー」

 だし巻きは昨日も今日も同じ黄色だ。たぶん、明日も明後日もずっと、黄色いのだろう。

 
 
 


薫奏スイートピー合同誌「garden.」ノベルティポストカードに掲載