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3月31日を忘れるな

 n度目のループ。4月2日の朝。『3月31日を忘れるな』『この紙は捨てるな』というメモが机に置いてあった。明らかに自分の字だが書いた記憶はない。変なの、と思いつつ引き出しの奥へ投げた。 メモのことなんてすっかり忘れていたが、どうもあちらこち…

臆病者の偽楽園

「レオハウス作ったから、来て」 唐突にあいつから電話がかかってきた。いや、あいつからの電話が唐突でなかったことなどないし、それにこれまでの経緯や置かれている状況を鑑みればさほど不思議でもない。 着くやいなや、レオは顔面に本を広げて突き出して…
たまご色の憂鬱

たまご色の憂鬱

 朝。薫がリビングへ向かうと、ソファーの影から何者かがむくりと起き上がった。ちかごろ薫の自宅に寝泊まりしている奏汰だ。薫よりも一足早く目を覚ましていたようでリビングで待っていたのだろう。 目を擦りながら奏汰は開口一番「なんですか、これ」と言…

門出

「羽風さんの、新たな門出を祝って!」 ADは薫へ花の咲いた鉢植えを手渡した。鉢をぐるりと囲むリボンには〝羽風薫様へ 夜闇ラジオ制作スタッフ一同より〟と印字されている。「ありがとうございます。ここでの収録は本当に楽しくて、俺にとってとてもいい…

地獄道中─夢中夢

 オブラートが嫌いだった。 それは、粉薬を包み込むオブラートとしても、婉曲的に語るときのオブラートとしても。もっと素直に言ったらどうだ、はっきりしない曖昧な言い回しが苦手で、苦笑いを浮かべる相手から無理やりに聞き出したこともある。 薬を飲み…

たった一言でいいから。

 引き戸がガタガタ揺らされている。隙間からは下手くそな口笛のような音が勢いよく漏れていた。今夜は大雪になるらしい。雪の礫混じりの強風は、築ウン十年のこの家を丸ごと薙ぎ倒してしまうんじゃないかとすら脳裏によぎった。(ま、お師さんン家やし、そん…

nowhere

「エレベーター? ヤです。あれ、『ふわっ』ってなるじゃないですか。ただでさえ、こんなにふわふわしてるのにもっとふわふわしたものに乗るなんて、司がどこか飛んでちゃってもいいんですかぁ。せなせんぱぁい」「ああ、もうっ……。この、クソガキっ」 ア…

カーテンの内側で約束した

 クリーム色のカーテンが風のかたちを柔らかく捉えている。このダンスルームはいま無人のはずで、なのにカーテンの下から人間の足が生えていた。薫はほとんど"ガワ”だけの薄っぺらな鞄を肩にかけ直し、窓辺に近寄る。 カーテンの裾をめくり、何見てるの、…

君の命日まで

「もー、いーくつ寝ーるぅと、おーしょーう、がぁつ」 清潔な白に囲まれた部屋。英智は横たわったまま、外の世界を切り取るには些か狭すぎる窓へぼんやり顔を傾け、口ずさむ。「あと340日くらいはありそうですねぇ」 水を入れ替えた花瓶に花を挿し戻しな…

最初の罪

 斎宮宗(9)は鬼龍家のお母様からレース編みを習っている。 宗はいつものように玄関に立ちチャイムを鳴らすが、どれだけ待っても返事がない。 不審に思った宗は無理やり柵を乗り越え侵入する。 友人でありここの息子である紅郎はどこへ行ってるのだろう…