n度目のループ。4月2日の朝。『3月31日を忘れるな』『この紙は捨てるな』というメモが机に置いてあった。明らかに自分の字だが書いた記憶はない。変なの、と思いつつ引き出しの奥へ投げた。
メモのことなんてすっかり忘れていたが、どうもあちらこちらでデジャヴを感じる。
3月、卒業シーズンになって、メモの存在を思い出した。そうだ、『3月31日を忘れるな』。あのメモを書いたのは、ループした直後、4月1日の俺だ。でも、3月31日の何を忘れるなっていうんだ?
なにか、やりそこなったことがあったとか……?そんなまさか、あの人はもうすぐ引っ越しする筈で……。引っ越しの日、いつだったっけ……。
あの人の引っ越しは4月1日の朝だ。手伝いに行きたかったけど、みんなが来たら言えなくなりそうだったから、一対一で話したかったから。幸いにも走って行ける距離だ。走って行ける体力もついた。
電話じゃだめだ、対面してありがとうって言わなきゃ、走って行かなきゃ。──日付けが変わる前に──。
こうして走るのももう何度目? 早く早く、日付けが変わる前に──もう戻りたくない。まだ起きてるだろうか、きっと驚くだろうな──ここの道で、ここを曲がって、この緩やかな坂を降りて、ここの横断歩道を渡って。
──え?
“ループした。”
間に合わなかった。気付いたら、布団の中で朝になっていた。
***
4月1日、日付けが変わった直後の深夜。ダンボールに囲まれてうとうとしていた千秋はサイレンで目を覚ました。朝にはとうとうこの町を出ていく。十八年過ごした実家ともしばしの別れだ。積まれたダンボールは感慨深かったが、さきほどからサイレンの音がどんどんと増えている。明確にはっきりと、窓ガラス越しにパトカーの赤いランプがちらついて、嫌な予感がした。
野次馬根性とは分かりつつもざわめきが収まらず、千秋は家から抜け出し音のした方向へ歩き出す。
「──え?」
横断歩道の脇にはへしゃげた車。ストレッチャーに乗せられていた人物は、緑のパーカーを着ていた。
「嘘だ」
***
4月1日、朝。
また一年前に戻されたと気付いた翠はメモを残す。『3月31日を忘れるな』
そしてまた繰り返す。
3月31日の夜、あの人の家を訪ねに走って、どうしても会いたくて走って、横断歩道を渡る途中で──巻き戻る。なぜ巻き戻されるのか、俺にはわからないけど。
今度こそ俺は忘れない。
***
「前に、どこかで会わなかったか?」
「…あんたみたいな人、俺は知らない…」
「でも、前にもここでおまえと──」
「会ってるかもしれませんね。うち、そこの八百屋なんで…」