午前10時のユウレイクラゲ─03.名無草、根無言、蛻の夏
なんだと思う、と質問で返された。「図鑑ですか」「うん、そう」 足元には分厚く重そうな本がどっさりと積まれていた。動物、植物、天文、気象、鉱物。専門的な学術に用いるような形式ばったものから、子供向けに柔らかい口調と振り仮名が使われたものなど…
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午前10時のユウレイクラゲ─02.おろかものたちの不文律
「あ、」 「……あ」 白い煙を吐く口もとに、タバコを持った指先。しまった、とお互いに思ったのか、場の空気が凍りつく。校舎裏になど誰も来ないとたかを括っていたのだろう、伊藤はジッと順平を見つめ返した。 「なにしに来た?」 「椅子を借りにだよ…
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午前10時のユウレイクラゲ─01.この世にたった二人だけ
からっぽのきみにクラゲを住まわせるこの手のなかは夢のうなばら 記憶の中の実家はいつも空っぽだった。鍵を差し込んでぐるりと回す。無機質な金属の音。ただいま、というセリフも…
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走って帰ろう─02.ひかりのむこう かげのがわ
ごうん、ごうん、と洗濯機が唸っている。校内に設けられた、生徒用のランドリールームに斑と光は来ていた。何台もの洗濯機がずらりと並び、そのどれもが稼働しているせいでなかなか騒音レベルが高い。脱水が終わるまであと数分だ。そっけないパイプ椅子が軋…
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走って帰ろう─01.猫を追う
猫の影が見えた気がした。 しゅるり、と尻尾の先が茂みに消えていった気がしたのだ。そういえばレオさんが猫をかわいがっていたのだっけ、と斑は旧友のことを思い出す。その猫かどうかはわからないが、学院には猫やら犬やら複数種類の動物が出入りしてい…
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旅は道連れ世は情け─8.リバースデー
三月末。 道端の雑草が順調に緑を増やしていく。顔を上げれば、青空には一面の桜が広がっていた。 桜色、とはよく聞くが、言ってしまえば大部分が白く、薄赤色が申し訳程度に中心部を染めているくらいだ。しかしその申し訳程度の薄赤色が、気持ちをどこか…
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旅は道連れ世は情け─7.点と線
「薫くんや〜、元気を出しておくれ、頼むから」「え〜……頼まれてもそう簡単に元気なんて出ないよ……」「そう言わずに。次の現場へ移動なんじゃから。……薫く〜ん」 露骨に気落ちしている薫に零は泣きつく。薫は普段は仕事とプライベートは切り離している…
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旅は道連れ世は情け─6.共謀罪
「薫くん。ちょっといいかえ」 音楽番組の収録終わり、衣装から着替えて荷物をまとめている最中に、零に呼び止められた。薫はタオルで汗を拭いながら生返事をする。晃牙とアドニスはこのあと別の番組の打ち合わせがあるからと既に局を出ているらしい。 零に…
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旅は道連れ世は情け─5.まじない
『──おめでとう。おめでとうございます』『今年もお元気で。ご無事に過ごせますように。我らが生き神さま』 祝辞が嬉しくないわけじゃない。お祝いされるのは誰だっていつだって、いくつになっても嬉しいものだ。『どうぞ健やかに』 彼らが望むのは象徴だ…
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旅は道連れ世は情け─4.あるいはひとつの終わり
「かおる、かえってたんですね〜。ただいまです〜」「ああ、おかえり」 薫は煙草を灰皿に押し付けて火を消し、煙を吐き切ってからリビングへ戻った。 先週の薫の誕生日のこと。 奏汰が宣言した通りテーブルには『スペシャルメニュー』もとい、マグロ丸々一…
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旅は道連れ世は情け─3.束の間のワルツ
十月の末。秋。 乾いた空気が頬を撫でる。いつもと違うスーパーへ行ってみたくて、散歩がてら二人で並木道を歩いていた。薫が「寒くなってきたね」とぼやけば「もうすっかり『あき』ですね」と奏汰は返した。 街並みはすっかりハロウィンムードになってい…
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旅は道連れ世は情け─2.蔵匿罪
「朔間くん、羽風くん、お疲れ様」「ああ、ありがと」マネージャーから冷えた水のボトルを受け取る。今日は零と二人での撮影の仕事だった。上々の出来だ。薫は貰った水をちびちびと飲みながらスマートフォンでニュースサイトを開く。「おや、買い換えたのじゃ…
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