からっぽのきみにクラゲを住まわせるこの手のなかは夢のうなばら
記憶の中の実家はいつも空っぽだった。鍵を差し込んでぐるりと回す。無機質な金属の音。ただいま、というセリフもいつからか言わなくなっていた。代わりに蝶番がひっそりと鳴る。後ろでドアが閉まる。家には自分ひとりしかいない。
──人間、長く生きているといずれガタが来る。それはしょうがない。数年前から祖父は体調を崩しがちになり、実家よりも病院で過ごす時間のほうが増えていった。通院の頻度は増え、入院が決まったときもまあ遅かれ早かれそうなっただろうなとしか思わなかった。
自分でも驚くほどにすんなりと、悠仁は家が空洞になったことを受け入れたのだ。
ぱち、ぱち、と壁際のスイッチを押して電気を点けた。鞄とレジ袋をひとまず床に置いて、リモコンをテレビへ向ける。流れ出す夕方のニュース。祖父の病院へ見舞いに行き、帰りにスーパーへ寄って夕飯の買い物をして帰る。高校生になっても、悠仁の生活パターンは中学時代のそれとほとんど変わっていない。
「《五月二十日、時刻は午後六時三十分となりました。まずは全国のトピックスから。相次ぐ不審死、警察の見解とは──》」
テレビの音声を聞き流しながら悠仁は調理に取りかかる。夕食もいつも一人だ。適当に野菜を切り鍋に放り込み、その日の気分で炒めるか煮るかを決める。味付けも目分量。数年前からやっていることだ。もうすっかり慣れてしまい、悠仁はなにも考えずに手を動かす。
「《──現場に争った形跡はなく、金品もそのままになっていたことから金目当ての犯行ではないだろう、とのことで──》」
悲惨なニュースを聞けば多少は心が動く。が、それも一瞬のことで、次々に流れてくる情報にすぐさま押し流されていく。へえそうなのか、と軽く流すしかない。日本のどこにあるかもわからない土地で起きた出来事など、どこか空想上のお話のようで実感が湧かないのだ。
鍋に蓋をして、具材に火が通るのを待つ。悠仁がぱっと顔をあげてテレビを見ると、画面にはブルーシートと立ち入り禁止テープが張られた現場が映し出されていた。話し半分に聞いていたせいで、現場がどこで、なにがあったのかもあやふやだ。だが日々のニュースなどこの程度の認識で十分だろう。同級生や学校の連中たちと共有するほどの話題でもないし。
悠仁は一人ぶんの食器を出す。
たとえばもし。
違う人生を歩んでいたら、きっとなにもかもが違った。
現状に不満があるわけではない。けれども、もし、違う人生だったら。
「《それでは地域のニュースです──今日は例年より暑い五月となりました。町には半袖の人も見られ──》」
アナウンサーの読み上げが小さく聞こえた気がした。リモコンは弄っていない。この家には空間が多すぎるのだ。自分ひとりと、テレビの音声程度ではそれらを埋められない。そんなことはずっと前から分かりきっていた。
「(たとえば、もしも、違う人生だったら)」
自分が鈍感なだけじゃないかと疑うことも、なかっただろう。
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