暁闇-02.明星に恋う - 4/4

 服を着たまま水に落ちたときに最も大切なのは、焦らないことだ。焦らず冷静に、仰向けにしていればとりあえずは浮いていられる。幸いにもアカデミアの海は年中穏やかで温かく、いまが真夏であることもラッキーだった。

 体全体が穏やかな波に揺られている。二人は大の字になって、埠頭のすぐ真下の海で浮いていた。

「あっはっは、落ちちゃったねえ。藤原は大丈夫?」

「笑い事じゃないだろ……こういうのは水難事故って言うんだ」

 あはは、と吹雪はあっけらかんと快活に笑う。彼も自分と同じように鼻と口しか水面から出せていないくせに、よくもまあ呑気でいられるものだ。呆れて優介は溜息を吐きたくなるが、肺から空気を出しすぎると沈んでしまいそうな気がして、それをぐっと我慢する。

「まあ、ボクは服着てても泳げるからね。これくらいどうってことないのさ」

「俺は着衣水泳できない」

「浮けてるだけでもたいしたものだよ」

 ああそう、と優介は雑に受け流す。

 体を包む水はひんやりしていて、熱暴走していた頭がすーっと冷えていく心地がした。そうか水に流すってこういうことか、と若干見当違ってそうなことが頭をよぎる。

「(そうだ、カメラ……。きっと壊れただろうな)」

 優介はぼんやりと目を閉じ、ズボンのポケットに入れっぱなしだったデジカメのことを思い出した。どうせ使う予定もなかったし、これでかえって気が楽になるというものだ。消せずに残っていたあのデータも、海水に浸かってしまってすべておじゃんになっただろう。

「(俺も未練がましいなあ、あんな写真なんかで。……そもそも、どうしてこんなやつと友達になったんだっけ)」

 閉じた瞼の裏で優介は朧げに考える。全身の筋肉は緩み切り、ここのところ根を詰めてばかりで蓄積されたストレスが、海へじんわり溶けていくような気がした。たゆたう波の感覚が気持ちいい。

「あ、見て藤原! あんなところに星が見えるよ。一番星ってやつだねえ」

 ふいに吹雪が片手を挙げた。ざぱん、と水飛沫が顔へ飛び、優介は言われるがままに目を開く。

 気付けば天井一面を覆っていた雲はすっかり消え去っていて、澄んだグラデーションが広がる爽快な空へと変貌していた。空の真上は濃く青く、水平線へ向かうにつれて紫、橙へと移っていく。

 すぐ隣で挙げられた彼の指先の奥を見ると、そこには金色の星がたったひとつ輝いていた。

「金星……」

「ボク、あの星が好きなんだよね。月も太陽も出てなくて、ほかの星だってまだ出てないのに、たったひとりで光ってて。神さまに忘れられたみたいで可哀想だろう。それなのに輝きがいっとう眩しくてさ」

「……。吹雪、分かっちゃいると思うけどあの星は、」

「『一等星じゃない』、だろう?」

「──!」

 優介は視線だけをわずかに傾けて吹雪と目を合わせた。言葉を先取りされた、と言うよりも、この言い回しは。

 中等部に入学するあの日の夜明け、島へと進む船の上で。たったひとりの星明かりを綺麗だと笑った、少年の姿をした星の子のきみに。明け方の金星の明るさについて唱えた、自分自身が発したセリフだ。

 

 きみはあの星を指して、一等星だと言った。

 僕は、あの星は一等星じゃない、惑星だから恒星じゃないんだと答えた。

 

「……まだ覚えてたのか、そんなこと」

「だって、きみが教えてくれたことじゃないか。忘れるわけないよ」

 隣で浮かんでいる吹雪は、まるで願い事でも叶ったみたいに笑っている。お馴染みの長髪は海にすっかり流されていて、普段は隠れている彼の額や耳が露わになっていた。

 彼は下瞼の線を愛おしそうに持ち上げて言う。

「いまは夕方だけどあのときは明け方だったね。金星は惑星で、一等星の何百倍も明るいんだって。藤原がそう言ってたんだよ。忘れるなんて罪深いことを、ボクがするわけないだろう」

「…………吹雪、」

 心臓がきつく締め上げられる。吹雪の水に濡れた横顔の、額や鼻筋、唇や頬の稜線が、わずかな星明かりに反射していた。

「そんな、そんなこと、覚えててくれなくて、いいのに……」

 優介は自分にしか届かない程度の声で囁く。

 ──こんななんでもないようなことで。

 ──嬉しくなって、しまうだなんて。

 金星の話なんて別に難しいことじゃない。小学校でも習ったし、なんなら中等部の一般科目でもやった。常識に当然含まれる分野で、耳にするタイミングなんていつでもある。

 でも彼は、天上院吹雪という男は。

「そろそろ上がろうか」

 いつまでも浮いてちゃしょうがない、と吹雪は自力でコンクリートの岸まで這い上がった。ばしゃばしゃと飛沫が上がる。濡れた服が重いのだろう、特待生用の白いジャケットをびちゃりと脱ぎ捨て、顔面の水を拭い取る。

「おいで、藤原」

 岸から優しく手が差し出される。吹雪の指はすらりと長く、その先端からはポタポタと水が滴っている。着衣水泳もろくにできない優介は、差し出されたこの手を取るしか岸に上がる方法がない。

 それがどうしようもなく悔しくて、そうか、決着はとっくに決まっていたんだと感じずにはいられなかった。

「(……はぁ、俺の負けだよ。勝てるわけがない。この手を取るなんて、後にも先にもこれっきりだ)」

 優介は吹雪の手を握り返す。甘くて優しい、罠みたいな手だ。

 引き上げられる手助けがあるとはいえ体は水を吸って重く、よじのぼるのも一苦労だった。ああ大変だった、と吹雪はどこか楽しそうに笑う。黒いハイネックのインナーがぴっちり彼の肌に張り付いている。俗っぽい見方をすればそれはいわゆるセクシーというやつで、その見慣れなさが面白くて優介も思わず笑い返した。

 自分も同じように特待生用の白いジャケットを脱ぎ、濡れ切った前髪を掻き上げて吹雪と目を合わせる。

「吹雪」

「なに?」

「さっきの話。俺が隠し事してるって言ってたやつ。……あれね、」

 びしょびしょの体のあちこちから水滴が滑り落ちる。コンクリートを濡らし、黒い染みを次々と広げていく。優介は座った姿勢のまま、体を少しだけ吹雪へとにじり寄せた。

 

「俺、吹雪のことが好きだよ」

 

 目を細め、ゆらりと顔を上げる。

 これが言えただけでもう満足だ。

 吹雪はと言うと瞳を多少揺らして驚いてはいるものの、どうも想定の範囲内だったらしい顔をしていた。波間を吹き渡る風を浴びているような、ひそやかで透明な喜びを手にしている顔だった。

「……いつから?」

「ずっと前から。ずっと、ずっと前。ひょっとしたら一目惚れだったのかもしれない。出会ったときから、ずっと……。はは。まるで運命だったのかもね。ずっと、ずっと前からきみのことが好きだった。いまも好きだ。俺は吹雪のことが好きだよ」

 閉じ込めていたものが次々に唇から流れ出ていく。それは重く分厚いカーテンを開ける行為にも似ていていて、どこか背徳的な感覚に胸がどきどきした。

「吹雪はさ、うんと眩しく光ってて。きみって金星みたいだよ。夜にも朝にも行けない俺を、まっすぐ照らしてくれるから。きみは僕を見つけてくれるんだなって、そう思って……」

 優介は息を細く吐きながら、体をさらにもう一段と近付ける。濡れて束になった睫毛の合間から、同じように濡れた彼の睫毛が見えた。この茶褐色の目は変わらず、こちらが向けたのと同じだけの視線を投げ返してくれる。

「吹雪、嬉しそうな顔してる。嬉しい? 嫌じゃない?」

「……ああ勿論。嬉しいよ。いま、とびっきりに嬉しい。嬉しくないわけあるものか。……きみから、藤原からそう言ってくれるなんて……」

 吹雪は優介からの告白を一語ずつ丁寧に噛み締めている。喜びのあまりに泣き出したくなることもあるんだなと、彼の潤めいた瞳を見てそう思った。

 曖昧な色だった空は完全な暗い濃紺に変わっていく。雲が流れて千切れていき、景色も暗い青に包まれる。月が昇り出すのも時間の問題だろう。夜がもう、すぐそこまできていた。

 優介は吹雪の濡れた髪を指でそっと掻き分けた。現れた艶やかな頬へそっと唇を寄せ、触れるだけのキスをする。

「え。藤原、いまのは」

「いつかのお返し」

 吹雪は呆気に取られ、接触された箇所にそっと自身の手を当てている。自分からは気軽にスキンシップを振り撒くくせに、いざ自分がやられる側になると絵に描いたみたいに目をぱちぱちさせて驚くなんて。意外とかわいいところもあるんだなと、どこか冷静な部分がそう感心していた。

「えっ、と……」

「あれ、もしかして唇にキスされると思った? ……ちょっと、そんなに絶句するなよ。俺もそれくらいは弁えてる」

「あ、う、うん。そう、そうだよねェ」

 吹雪の頬がほのかに上気している。返答する声も裏返っていたし、彼も照れることがあるとは知らなかった。まあそれもこれも、今後見れることは二度とないのだけれど。

 びしょ濡れで重くなった体を立ち上がらせる。靴と靴下の中に水が溜まって気持ち悪い。あちこちから水を滴らせながら、優介はもうじき潰えてしまうだろうあの星を見上げた。

「あーあ。俺、おかしくなっちゃったみたいだ。吹雪の言う通りだよ。うん、最近の俺は、どうもおかしいね。おかしいんだよ、俺。色々、さ……。言わなきゃいけないこととか、本当はもっと、たくさんあるのに、……」

 言わなきゃいけないことは、たくさんあるのに。

 それなのに気分はどこか爽快で、胸に充満していた霧が晴れたみたいだった。優介はおもむろにズボンのポケットへ手を入れ、背後の吹雪を振り返る。

「吹雪。俺は、吹雪の特別になるよ。きみの、きみだけの一番特別なものになる。俺も……吹雪を、俺の一番の特別にするから。…………だから忘れないでいてくれる? 俺のこと」

 海水を纏ってびちゃびちゃのカメラを彼へ向けて放り投げた。吹雪はそれを危なげなくキャッチし、突如現れた電化製品に目を丸くする。

「これどうしたの」

「ポケットに入れっぱなしだったんだけど、いまのでたぶん壊れちゃった。でも、もういいんだ。しばらく使ってないやつだし、俺には必要ないものだから。吹雪にあげる」

「そんな、貰っても困るよ。それにこれ、動作チェックとかもしてないだろ。まだ電源入るかもしれないよ。洗って乾かしたらなんとかなるかも」

「あはは。いいよ、そこまでしなくたって。……本当にもう必要ないんだもの」

 そろそろ行こうか、と優介は足元に脱ぎ捨てていたジャケットを拾い上げた。たっぷりと水を吸ったそれはひどく重い。一歩動いただけで靴の中はぐちゅぐちゅと不快な音を立てた。吹雪も自分のジャケットを拾い、いきなり手渡されたカメラをしげしげと観察しながら優介の後ろをついていく。

 優介は大袈裟なまでに明るい声色を作り、晴れ晴れとした口調で言った。

「さっきの話だけど。俺が吹雪のこと好きって話。……ちゃんとした返事は、また今度でいいからね」

「えっなにそれ。また今度って言ったって、ボクとしてはさ、」

「いいの。この場のノリじゃなくて、じっくり考えてほしいってだけ。そうだなあ……明後日から夏休みだから、夏休み明けとかどうかな」

 ええー、と後ろから吹雪の不服そうな返事が聞こえてくる。すぐに返答できないことを残念に思ってくれているのが、途方もなく嬉しかった。

 後ろ髪を引かれる思いがないわけではないが、言ってしまえばここで自分が振り返らなければいいだけの話だ。ましてや目の端に滲んだ涙を見せるなんてとんでもない。

「うー、分かったよ、きみがそう言うんなら。でも夏休みが終わったら真っ先に藤原のとこに行くからね。いい返事を期待してて。いやむしろ、いい返事しか期待しなくていいくらいだ」

「……うん。ありがとう。楽しみに待ってる」

 向かいの鉄紺色の空に月が昇る。星はとっくに潰えてしまい、もうどこに浮かんでいたかも分からない。それなのに、翼が生えたみたいに自由で清々しい心地だった。

 優介は再度、声を高らかに張り上げる。

「吹雪。俺のこと、また見つけてね。忘れないで、覚えてて。……好きだよ」

「…………」

 返事はまた今度、と優介から言われた手前、吹雪はなにも答えることができない。その沈黙が優介にとっては愛しくて夢みたいで、死にたくなるほど幸せだった。

 びしょびしょの足跡が二つ分、埠頭のコンクリートを汚していく。空には月だけでなく、夏の無数の星々が鮮明に浮かび上がってくるころだった。

 

***

 

「吹雪。デッキにいたのか」

 甲板の奥に立つ人影には見覚えがある。あの長髪は吹雪で間違いない、と亮は声を掛けた。彼はいつもの制服姿ではなく私服姿で、ゆるいTシャツの裾が海風を孕んで丸く膨れている。

「うん。ちょっとね」

 対する亮も既に私服へ着替え終わっており、ぱりっとしたシャツに仕立てのいいスラックスを履いていた。きみは何を着ててもすらっとしてて格好いいね、と吹雪は冗談めいた挨拶を呟く。

「島を見てたのか?」

「そう。なんとなく。ホームシックみたいなものさ」

「フフ、学校がホームか」

「それだけ愛着があるってことさ」

「ああ、それは俺もよく分かる。……それにしても、お前もそうやって黄昏れることがあるんだな。珍しい」

「そう? そんなに意外かな。ボク、こう見えてけっこう寂しがり屋なんだよ」

 亮も吹雪の隣に立ち、遠ざかっていく島を眺めた。灯台の点滅する明かりが少しずつ小さくなっていく。空は深いプルシアンブルーで、いまや海との境目もほとんど分からない。

 吹雪は手すりに肘を付き、しんみりと唇を開く。

「……なんだかね、忘れ物でもしてるような気がしてさ」

 追い風が吹雪の髪をくしけずっていく。亮は吹雪のその横顔に、寂寂たるなにかを感じ取り、不安そうに聞き返した。

「忘れ物? 荷物はあれだけ念入りに何度もチェックしていただろう。……なにが心配なんだ?」

「それがねぇ、なにを忘れてるのか、それもよく思い出せないんだよね」

「忘れたことさえ忘れているパターンか。厄介だな」

 そうなんだよ、と吹雪は困り果てたように顔を両腕にうずめた。目元だけをちらりと覗かせ、せつなそうに正面を見る。ほとんど真っ黒と言っていい景色に、目印となるものはあの灯台の明かりくらいしかもう残っていない。

 背を丸めて縮こまる吹雪とは対照的に、亮はまっすぐに背筋を伸ばして追い風を受ける。

「そうだな……いつか、見つけたときにそれを思い出せるかもしれないな」

「ええ? 忘れてるのにどうやって見つけるのさ」

「たまたま見つかることもあるだろう。それに、忘れたことさえ忘れているのを覚えてるならなんとかなる。それすら忘れてしまったなら分からないが」

「? えぇっと、ややこしくなってきちゃったな。なにかを忘れてることを忘れてて、でもそれ自体も忘れちゃったら……? つまり……」

 言葉遊びに引っかかって吹雪はこんがらがっている。その様子が可笑しくて、亮は静かに口角を持ち上げて微笑んだ。

「つまり、忘れたような気がしているうちは大丈夫だ」

「そういうこと? ややこしいなあ。それならもっとストレートに言ってよ」

「俺は丁寧に伝えているだけだ」

 ふうん、そう、と吹雪は顔を上げ、そのままじっと沖を眺める。

 船はざぶざぶと波の尾を引きながら、漆黒の海を童実野港へ向けて割り進んでいく。いまは同じ船に乗っているが、朝イチに港へ着けば吹雪とはしばしの別れだ。それぞれの実家で夏季休暇を過ごし、八月の終わりにまたあの島へ戻っていく。

 二人してしばらく無言のままで佇んでいると、ちくちくと暗闇のかけらに肌を刺されていることに気がついた。風に混じって降ってくる水飛沫だ。

「……ねえ亮」

「なんだ」

 吹雪は視線を海へ向けたまま、しんみりと呟く。

「……なんだか今日のボク、ちょっとだめみたいでさ。もう夏休みだっていうのに、久しぶりに家に帰れるっていうのに、ちっとも気分が晴れないんだよ。……どうしてこんなに寂しいんだろう」

 吹雪の声は震えていて、いまにも泣き出しそうなほどに痛ましかった。らしくない姿に亮は違和感を覚えるどころか、義務感にも近い慰安の感情を抱く。吹雪、と隣で声を掛けると、彼はぐったりと頭を項垂らせ、亮のほうへ向けた。

「きっとボクは大事ななにかを忘れてて……忘れちゃいけないものがあったはずなんだ。約束してたはずなんだ。でも、全然なんにも思い出せなくて……ボクはなんてひどいやつなんだろう。約束したのに、忘れてしまうなんて」

 重ための前髪が彼の目元を隠していて、こちらから表情は窺えない。一体どうしたのだろう、とあまりの深刻さに亮が戸惑っていると、吹雪はハッと息を呑んで顔を上げた。

「亮、亮は……なにか、覚えてない?」

「……悪いが、心当たりは、なにも」

 すがるような視線は急速に色を失い、ずるずると下へ下へと落ちていく。そっか、と打ちひしがれる姿を見て、どうにかして支えてやるべきじゃないかと亮の脳内で声がした。けれども、落ちていくものを拾い上げる方法も、それをうまく抱える方法も、闇の中での息の仕方も、亮はまだなにひとつ持ち合わせていなかった。

 吹雪は枯れきった瞳を無理やり持ち上げて、はぐらかすように口を開いた。

「亮、ごめんね急に、こんなこと言い出して。おかしいなぁ……これほど寂しいことなんて、いままで一度もなかったのに」

 吹雪のこんなにも彩度のない声色を聞くのなんて初めてで、亮はせめてもの慰めにと「中へ戻ろう」と、出来得る限りの柔らかい口調で呼びかけた。

 船内へ戻ろうとした矢先、亮は吹雪の片手になにか紐状のものが握られていることに気付く。よく見るとそれはデジカメのストラップで、落とさないようしっかりと彼の手首に巻き付けられていた。

「吹雪、そのカメラは?」

「これ? これね、……今朝荷造りを仕上げてる最中に部屋で見つけたんだ。多分ボクのじゃないんだけど、洗って乾かしたみたいに窓辺に置いてあって。こう、わざわざハンカチまで敷いちゃってさ」

 吹雪はそのカメラを亮が見やすいように持ち上げる。銀色で小型の、なんでもない普通のコンパクトデジタルカメラだ。そのデザインに亮は見覚えがなく、首を傾げる。

「? 自分のじゃないものがどうして部屋にあるんだ」

「本当だよ。本当にどうしてだろうね? 洗った記憶もないし。そもそもカメラって普通洗わないし。なにかに落としたりしたのかなぁ……。ボクにはさっぱりだよ。…………忘れ物、もしかしたらこれじゃないかなあって思って持ってきたんだけど……」

 ちょっと、違ったみたい。

 吹雪はそう眉を下げ、顔半分に夜の闇を映しながら、暗鬱とした顔付きで笑った。