暁闇-02.明星に恋う - 3/4

 赤い日差しに吹雪は目を醒ました。

 のっそりと首をもたげて周囲を見渡す。ホテルの客室のような清潔感溢れる壁に、質素な勉強机がひとつあるだけの見慣れない部屋。そうだ、昨日からアカデミア中等部の寮に入ったのだった。壁の時計は、寮長から聞いた起床時間よりも幾分余裕がある時刻を指している。変な時間に起きてしまったらしい。

 窓の向こうはオレンジと群青が入り混じった色をしていた。そういえば昨日もこのくらいの時間にこんな景色を見たな、とひとりごちる。

 昨日はいろんなことがあった。

 朝早く島に着いて、そのまま間髪入れずに入学式をして。女の子たちに王子様みたいだと囲まれて身動きが取れなくなったり、堅苦しい説明会が嫌でこっそり抜け出したり。抜け出した先で、たまたま同じようにサボってた青龍刀みたいな雰囲気の子と友達になったり。

 早朝から起きていたせいもあるのか予想以上に疲れていたようで、消灯時間が来るころには既に意識が朦朧としていたのだった。

 しばらく窓からの景色をぼんやりと眺める。太陽はまだ顔を出していない。まだ夜が残る部分とこれから朝へ変わっていく中間の、鮮やかな紫色からなぜだか目が離せなかった。

「(あれ、なんて名前だっけ、あの星……)」

 刻一刻と染め変わっていく空の中に、ぽつんと輝く金の点がある。ほかに浮かぶ星はなく、月は面影すら見えない。たったひとりで、それは孤独に光っていた。

「(そうだ、金星だ。いっとう眩しく光ってる、神さまに忘れられた星)」

 あれは一等星じゃないよ、と唱える誰かの声がする。
 当然気のせいだろう、自分はまだ半分夢の中にいるのかもしれないな、と吹雪はゆっくり上半身を布団から起こした。

「……!?」

 布団の端から、真新しい若葉のような頭髪が覗いている。思わず目を疑った。布団を持ち上げると、すうすうと小さく寝息を立てて、昨日出会ったばかりの友人──藤原優介が眠っていた。

 吹雪は夢に浸かった脳味噌を無理やり叩き起こしてフル回転させる。

 確か、昨日の夜は、すごく眠くて。

 消灯時間よりも一足早くベッドに潜り込んでうとうとしていたら、ドアをノックされて。心細くてひとりで眠れないから、とおずおず訪ねてきた彼を追い払うわけにも行かず、寝ぼけ眼で二つ返事をしたのだった。

「(そうだった……それで隣で寝てるのかあ。そういえば、眠っている最中に抱き枕みたいな感触がしてたような気が)」

 自分と同じベッドで、同じくらいの背丈の、同い年の少年が眠っている。その奇妙な光景に、吹雪は面映ゆい感情を覚えた。自分自身はぐっすり眠っていたし、きっとそれは彼も同じだろう。やましいことは何もないはずなのだが、家族以外の相手とこんなに密着して眠ったのなんてはじめてで、むずむずとくすぐったい心地でいっぱいになった。

 どうにも居た堪れなくなり、優介を起こさないように吹雪はそっとベッドから脱出する。二度寝するのは彼に悪い。代わりにぐっ、と背伸びをした。

 吹雪はカーディガンを羽織り、すぐ脇にあった椅子に背もたれを抱えるようにして腰掛ける。朝焼けに部屋が薄明るくなっていく。

「……」

 吹雪はなんとなく彼の寝顔を眺める。

 自分たちは昨日中学一年生になったばかりで、ほとんど小学六年生と同じと言ってもいい。顔立ちが幼いのは子供だからで、だから幼くて当たり前だ。

 ばら色の頬に長く濃い睫毛。そこに春が咲いているような、明るい黄緑色の髪。胎児のような姿勢で、彼は安らかに眠っている。

「(きみとボクとは昨日知り合ったばかりだって言うのに。不思議だなあ)」

 彼が同じベッドで寝ていることに嫌悪感はちっとも生まれなかった。むしろ、格別に綺麗なビー玉を拾ったような、もうすぐ開きそうな花のつぼみを見つけたような、とろけるような手触りのシャツに袖を通しているような、そういった穏やかで誇らしい気持ちで胸は満たされ切っていた。

「(……もしかしたら、幸せってこういうことを言うのかもしれないね)」

 吹雪は背もたれに頬杖を付き、ふにゃりとした笑みを浮かべる。

「もしそうであるのなら、ボクはきみの、特別になりたいなあ」

 ──きみを見つけたのはボクで、ボクを見つけてくれるのはきみなんだから。

 窓辺から差す明かりが強くなっていく。暖かく眩しさを増していく部屋の中で、吹雪は満ち足りた様子でそう呟いた。静かに寝息を立てる優介に、そのセリフは聞こえていない。

 窓の奥、水平線の向こうからようやく太陽が顔を出す。

 紫の空に輝いていた金星はもうすぐ潰えてしまうだろう。けれどそれはいつのまにか吹雪の中へ住処を移し、煌々と輝くものになっていた。

 

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