個別サンプル

よすがらを往く─01.サマータイムの終わり

 珍しくよく晴れた月夜だった。 この家は思い出ばかりで溢れている。右を見ても左を見ても、喉元を堰き止められているような痛みで感覚は支配されている。 エドは一冊の色褪せた手帳を手にしたまま、ぐるりとリビングを見渡した。そろそろ日付も変わるころ…

よすがらを往く─02.運命だった子供たち

 療養所の中庭で見た斎王の姿を思い出す。 端的に言えば──怖い、と思った。 入院着でふらふらと中庭の花に惑う姿。長い深紫の髪はしっかり陽光を受けているのに艶はなく、手の甲や首筋には病的に痩せた骨が浮き上がる。中庭の白い石楠花が惜しげもなくそ…

よすがらを往く─03.憧れの残滓

「聞いてた話と違うじゃないか! 亮、兄弟仲をどうするべきかってあんなにしおらしく悩んでたのは、一体なんだったんだ!」「? どうって、今後どうして行きたいか二人で真剣に話し合っただけだが」「そうっすよぉ。ぎくしゃくするのはお互いにつらいよねっ…

暁闇-明星に恋う

 あの星明かりを見ただろう? 日が暮れ落ちたら顔を出し、月が昇れば居なくなる。そうして夜が終わるころ、再び明るく輝いて、朝日の中へ消えていく。たったひとりで粛々と、夜の底へも行けなくて、真昼の空にも出られない。 それがどうにも愛しくて、この…

暁闇-明星に請う

「あれ、先客がいたんだ」 扉を開けた途端、海風がふわりと吹雪の髪を膨らませた。時刻は明け方四時。月は沈んでしまっているが、太陽が昇るにはまだずいぶんと余裕がある。 夜闇の面影を残す空を背景に、その少年は甲板にひとりきりで立っていた。「誰?」…

宿罪の銀花-2.春爛漫

 朝、一時間目の授業はまだ眠くてしょうがない。 うとうと船を漕ぐ吹雪へ向けて、おい、終わったぞと亮は声をかける。 がくん、と首が落ち、吹雪はハッと目を醒ました。「あー……ボク寝てた?」「寝てた」「もうちょっと早く起こしてくれてもよかったのに…

宿罪の銀花-1.永遠の証明

 籠の中には色とりどりの花が咲いている。 黄色、白、ピンク。何色ものガーベラがそこにはバランスよく詰め込まれていた。先週注文した花束が今日やっと届いたのだ。 デュエルアカデミアは離島であるため、私物を購入できるタイミングは週に二度の定期便の…