羽風薫

REPLAY:ワンシーン

「あさがお」「ん?」「あさがお。うまくそだたなかったんです。むかし」 アイスを齧るのをやめ、奏汰はぼんやりと遠くを見る。防波堤に腰掛ければ、視界に広がるのは海ばかりだ。余計なものは何一つない。潮風に牛乳アイスの甘い匂いが混じる。薫は髪を耳に…

袖擦り合うのも他生の縁

「もしもさぁ」 奏汰の背中へ薫は呼び掛ける。青暗い館内は水槽の照明のおかげでほの明るく、まるでクラゲ自身が発光しているかのようだ。奏汰は水槽のガラスに片手をついたまま、ソファーベンチに座る薫へ振り向く。「もしも?」「……もしも、俺たちが、も…

カーテンの内側で約束した

 クリーム色のカーテンが風のかたちを柔らかく捉えている。このダンスルームはいま無人のはずで、なのにカーテンの下から人間の足が生えていた。薫はほとんど"ガワ”だけの薄っぺらな鞄を肩にかけ直し、窓辺に近寄る。 カーテンの裾をめくり、何見てるの、…

神父と吸血鬼

 ある夜、教会の清掃を終えてスーパーで四割引になった惣菜を買った帰り。 暗闇の向かい側から、一匹の子猫が「にゃーん」と俺を呼んだ。生後三ヶ月くらいだろうか。動物は嫌いなほうではない。レジ袋を下げているからなにか餌をねだりにきたのだろうが、あ…