Unknown Loveletter - 1/3

 天上院吹雪はモテる。

 彼と一度でも行動を共にした者なら信じてもらえると思う。とにかく、とんでもなくモテるのだ。

 吹雪がデュエル場に上がるだけで会場は湧き、観客席には黄色い声援が飛び交う。ドローしただけ、モンスターを召喚しただけで、生徒の目は釘付けになる。これは大袈裟ではなく事実だ。生来の華やかさと、それに裏打ちされた育ちの良さが醸し出す圧倒的なオーラ。その恩恵なのか何なのか、隣にいるだけの藤原も半ばそのような扱いを受けることがあった。目がチカチカしてしょうがない。

 将来的にプロデュエリストを目指す彼にとっては既に固定ファンがついていることはけして悪くはないが、母数が多けば多いほど、ファン以上の心理を抱える者が出てくるのも当然だった。

 廊下ですれ違うだけで遠巻きにキャアキャアとハシャがれたり。女子生徒数名に取り囲まれて身に覚えのない追求をされたり。本人の知らないところでファンクラブが作られていたり。

 藤原はこれまでそういった恋愛ごとに一切興味がなく、はたまた追っかけをやるほど夢中になれるコンテンツもなかったので、彼については朝顔を観察するような気持ちで眺めていた。最初のうちだけ。

 天上院吹雪の隣にいるのはあまりにも眩しい。頭痛がするほどに。

 中等部の三年間を吹雪と共に過ごしてすっかり考えが変わってしまった。彼女たちの反応は有名人へのミーハーなものと言うよりは、もっと露骨で、押し付けがましく、迷惑極まりないものの類──迷いのない言い方をすれば『恋』である──それすなわち、『害悪』だと。

 

***

 

「あ、天上院、なにそれ」

 次の教室へ移動する最中。吹雪の抱えるノートや筆記具の間に、見慣れない柄の紙が挟まっていることに藤原は気がついた。淡いパステルピンクで、花のイラストがこぢんまりと印刷された封筒。中央に書かれた宛名は明らかに女子の筆跡で、正体にすぐさま勘づいた藤原は顔をしかめさせた。

「うげ。まさかまたラブレター?」

「そんなリアクションしないであげてほしいナ。そうだよ。今朝貰ったんだ」

 困っちゃうよね、と吹雪は僅かに苦笑うが、実際は全く困っていないことを藤原は知っている。どれだけ女子に引きまわされようが、吹雪自身はなぜだかそれを負担だとは微塵も思わないのだ。それどころか、女子に手を振り返すことを生き甲斐にしているんじゃないかと思う。

「先週もラブレター貰ってなかったっけ」

「別の子からね。先週のは三年の先輩からで、今朝のは二年の先輩から」

「よく飽きないなあ」

「飽きるとか飽きないとかじゃないさ。向こうは真剣にボクへの想いを綴ってくれているんだから。愛は受け止めてあげなきゃ」

「ふーん、律儀だなあ……」

 高等部一年の五月現在。中等部での三年間含め、吹雪が貰ったラブレターは藤原が覚えきれないほどになっていた。最初のうちはひとつふたつと数えていたが、あっという間に両手足の指の数を超え、全て重ねればちょっとしたデッキほどの厚さになるだろう。ラブレターのストレージなんてナンセンスすぎると藤原は思うのだが、吹雪本人が捨てたくないと言うのだから仕方ない。

 面白くないな、と辟易した藤原が口を尖らせると、吹雪はそれをすぐさま察知し顔を覗き込んだ。

「ねえ藤原、いつも言ってるけど、ボクは今のところ誰かと付き合うつもりはないんだ。どっちにしろ断るつもりでいるから安心してほしいな」

「まだ封も開けていないのに?」

「…………気持ちだけ受け取るっていうのはこういうことさ」

「よく言うよ、読んでもないのに」

「あのさ、ボクはこういうものは貰い慣れてるんだよ。気持ちを伝えてくれることはとても嬉しいんだ、でもボク本人がどうしたいかは別だよ! 断りの返事をするときだってそれはそれはつらいんだよ、断腸の思いってやつ! 向こうもきっと恥じらいに恥じらって身を切る思いで渡しているんだろうから、無碍になんてできないよ」

「そんなにつらいなら、応えるつもりもないんだし最初から受け取らなきゃいいだろっていう話」

「ねえどうしてさっきからご機嫌斜めなんだい? ボクがなにかした?」

「別に〜?」

 はんっ、と鼻先で笑いながら教室へ入る。すり鉢状に並ぶ座席はところどころが埋まりつつあり、一番前の列には亮が既に座っていた。先に藤原と吹雪の分の席を確保しておいてくれたようだ。藤原は目線で亮と軽く挨拶する。その後ろで、吹雪はムッとしたように口を歪めた。

「ははん、分かった。さてはボクがモテモテで嫉妬してるんだ」

「!? はぁ〜、見当違いもいいとこ! 別に嫉妬なんかじゃないよ。ただ迷惑だなと思って!」

「迷惑?」

 藤原は前髪をさっと指で薙ぎ、嫌味をたっぷり込めた冷ややかな目線を送った。

「だって受け取る側の気持ちも考えずに送れるじゃないか、ラブレターなんて。一方的に押し付けれてあとは相手任せでいいなんて虫が良すぎる。迷惑極まりないよ!」

 荷物を雑に机に置き乱暴に椅子へ座る。脚を前方へ放り出す下品な座り方に、隣の亮はぎょっと目を丸くさせた。

「……おい吹雪。今回の藤原の不機嫌は何が原因なんだ」

「さあ? 藤原はボクのプレイボーイっぷりが気に食わないらしいよ。一体何を迷惑がってるのかボクは知らないけど!」

「なんだその理由は」

 亮が頭を抱えたあたりでチャイムが鳴り、吹雪もしぶしぶ藤原の隣へ座る。ふん、と互いにそっぽを向き合う様子に、「(今回の喧嘩も長そうだな)」と亮は静かに息を吐いた。

「では皆さん、時間ですから授業を始めますよ。……おや天上院クン、これはなんです?」

 佐藤先生は教室へ入ってくるなり、一番前の席に座っていた吹雪の荷物に目をつけた。ノートの間に挟まれたパステルピンクの封筒が取り上げられる。

「なんですかこれは。ラブレター?」

「ええ、ボクへのラブレターです。今朝方に二年の先輩から貰いまして」

「ふうん……そうですか」

 吹雪は自信たっぷりに答える。心なしか口調はキザったらしく格好つけていて、キラキラオーラを普段よりも1.5倍増しに溢れさせていた。佐藤先生はそれが癪にでも障ったのか、丸眼鏡の奥で目を引き絞る。

「では、没収、ですね」

「えぇっ!?」

「授業に関係のないものは持ってこないように」

「先生そんな! 貰ったものなんですよ!? それにまだ読んでもいないのに酷い、返してください!」

「ラブレターだからですよ。まったく。規律の緩い大徳寺先生なら許すでしょうけど、私の授業では不要物の持ち込みは禁止です。──静かに! 授業を始めますよ!!」

 吹雪だけでなく、やり取りを聞いていた他の生徒たちからも一斉にブーイングが上がる。さすがに没収はやりすぎでは、と藤原も考えはしたが、吹雪がそれ以上に胸がスッとすく思いがした。

「(いい気味だ。ラブレターなんかに浮かれてるからそうなるんだ)」

 立て続けに冷たく扱われ、吹雪は隣ですっかり不貞腐れてしまっている。いつものぱっちり華やかな目つきはどこへやら、上半身ごとじっとりと机へ沈み、シャープペンシルをだらだらと手で回していた。吹雪の座学への授業態度は些か不真面目なのが常で、放っておけばじきにうたた寝へ突入することだろう。

「(いや、不貞腐れてるんだから不貞寝か)」

「……藤原、なに? ボクがそんなに面白い?」

「え、あー…………。まあ……」

 口パクと小声で囁きかけられる。藤原の応答に、吹雪は「がんっ」とショックを受けたあと、瞬時に表情を悲しみで目一杯にした。大袈裟だなあ、と眺めるのもなんとなく憚られ気まずさに顔を背けると、隣の亮が「おい」と肘で小突いてきた。

「俺に助けを求めても無駄だぞ。くだらない理由で喧嘩なんて」

「くだらなくなんかないさ。僕は天上院の代わりに怒ってあげてるの」

「?」

「ピンと来てないならいいよ。もう放っておいて」

 亮は事の謂れを把握できていないようで、ぼんやりと首を傾げている。話を途中からしか聞いていないのでそれも当然だが、くだらないと一蹴されたことになんとなくムカッとした。

「(ふん。丸藤も丸藤で、ファンの女子を野放しにさせてるんだから、きっと分からないだろうな。ああいうのが迷惑だっていう感覚が)」

 一方的に浴びせられる好意を好意的にばかり受け取るのは、疲弊するだけだろうに。

「(だからこのムカつきは正統で、滅多に怒らない吹雪の代わりに僕が怒ってあげているんだ)」

 苛立ちを出し切るように藤原はフーッと息を吐く。気を取り直して授業へ向き直るが、佐藤先生の淡白な喋り口調はしっかり聞けば聞くほど眠気が誘発されるのだった。抑揚がないというか味気がないというか、授業の構成もどこが要点なのか掴みづらい。

 机に突っ伏した吹雪はとっくに不貞寝モードで、不真面目な態度をとれるのが一周回って羨ましかった。それでも自分はこうはなるまいと、眠気をこらえるのに藤原は精一杯で、没収されたラブレターのことなどチャイムが鳴る頃にはすっかり忘れていた。

 

***