翌朝、十一月五日。
自室を出た優介は廊下でのすれ違いざまに、おはよう、おはよう藤原、と何人もの同級生から声を掛けられる。そのひとつひとつにおはようと返すのも普段通りの光景だ。洗脳じみた『誕生日おめでとう』のお祝いも、形だけで中身のないプレゼントの空き箱の山もない。
「おはよう丸藤。天上院は?」
一階の談話室に既に亮が来ていることを認め、優介は二階の吹き抜けから呼びかけた。階段を降りれば、亮が緩くこちらを振り返ってくる。
「吹雪はまだだ。寝坊かもな」
「ああ、ゆうべは結構遅くまで起きてたもんね。声かけなくてもいいの? そろそろ朝食だけど」
「そう、だな……。……起こすか」
「露骨に面倒そうな顔してあげるなよ。起こすくらいなんでもないさ」
いましがた降りたばかりの階段を今度は亮と一緒にもう一度昇っていく。すれ違う同級生たちに二人でおはようと返せば、直後「そういえばさ、」と彼らの噂話が耳をかすめた。
「なんだか最近、時間の流れが早いような気がしないか? 今朝カレンダー見て、もう十一月五日かって驚いてさ」
「あ〜分かる。この一週間何してたか全然思い出せないしな」
「だよな。思い出せないというか……目が覚めたら一週間立ってた感覚が近いな。まるで魔法にでもかかってたみたいだ」
おかしいよなあ、と彼らは不思議そうに顔を見合わせる。優介は無言でその噂話の切れ端に耳をそばだて、わずかに目を曇らせた。
「藤原」
先を進んでいた亮が呼びかける。
「さっきも誰かが噂していたんだ。……まるで魔法みたいだと。お前を責めるわけじゃないさ、ただ……。藤原が、本当に魔法が使えるんだとしたら」
話してくれるなら嬉しい、と亮はいつもの淡々とした調子を崩さないままに告げた。
朝日が踊り場の窓ガラスを突き抜けて降り注ぐ。それを一身に浴び、優介は少し考えて意味深に微笑んだ。
「つくづく丸藤は勘がいいね。……天上院が起きたら一緒に話してあげる。…………ここだけの、秘密だよ」