Happy unbirthday - 4/5

 こつ、こつ、とローファーが階段を降りてくる。一歩踏み出るたび、体のあちこちに引っかかっていた紙吹雪がひらりと剥がれていく。紙テープも何本か引きずっており、直前までクラッカーの祝福をたっぷり浴びたのだろうことは想像に容易い姿だ。

 ひっそりと、優介はまだ誰もいない談話室へ降りた。窓からの日光に、緑の髪が白く透ける。

 談話室は先日の亮のパーティーのときと同じで、テーブルやソファーも端へ寄せたままだ。優介はそのひとつに腰掛け、ぼんやり全体を見渡す。

 四方の壁を縫うように張られたガーランド。三角形の布切れが部屋全体を彩っていて、飾り付けとしても申し分ない。

「あ、あそこ緩んでるな。直さないと」

 気になった箇所へ優介が手を伸ばした瞬間。

「藤原」

「……遅かったね。丸藤、天上院」

 たっぷり間を使い仰々しく振り返る。よく見知った親友二人がそこに立っていた。白を基調にした特待生用の制服が反射して眩しい。優介は惜しむような顔でそれから目を離して俯いた。

「いい加減見つかっちゃったかあ」

 長い睫毛は光を受け、頬の稜線に扇形の影を落とす。罪悪感があるのか言葉尻は重い。優介のその様子に亮は無言のままで、空気に居た堪れなくなった吹雪が口を開いた。

「藤原。ここ数日の妙な出来事は、きみがやったのかい」

「そうだよ。僕が仕組んだ。喜んでくれるかなと思って……お気に召さなかった?」

「気に入る気に入らないの話じゃないよ。何が起きてるか訳がわからなかったし、箱だけのプレゼントなんて貰っても困る」

「ああ、あれはね……。中身までは僕は想像しきれなくて」

 優介は靴底を鳴らしながら部屋の中央へ躍り出る。脚や腰回りに引っかかっていた紙テープが空中を撫でるたび、先ほどまで何もなかったはずの床にプレゼントの山が出現した。三人いるから三人分、とでも言いたいのか今にも崩れそうなほどの量だ。

 亮はじっとその山を見つめ、薄い唇を開く。

「虚飾でしかない。外側だけのものなんて」

 からん、と山の一部が崩れ落ち、その弾みで箱が開く。中には何も入っていない。

 緩んでたわんだガーランドへ優介の手が伸びる。三角形の先端を擦る動作は、まるで機械の調子でも確かめているような仕草だ。吹雪はそれを見て、魔法が使えるらしいという彼の噂はやはりただの噂ではないんじゃないかと思った。

「藤原、さっきからいじっているその飾り。もしかして呪文でも書かれてあるのかい」

「呪文? あはは、そこまでのものじゃないよ。ただよくある魔法陣を模して飾ってみただけ。……ただここまで上手くいくとはね。土地がいいのかな」

 亮はよく冷えた北風のような目線を優介へ向ける。

「他の生徒たちはどうした」

「ちょっとおまじないに掛かってもらっただけだよ。目が覚めてもまあ、ここ数日の記憶がない程度で済むと思う。たいしたものじゃないさ」

「あの妙に虚ろな目つきはそういうわけか」

 ああ、うん、と適当に相槌を打つ優介の顔から、取り繕っていた温度が少しずつ下がっていく。

「……もしかしたら出来るんじゃないかなって思いついて、色々調べたら出来そうだったからさ。天上院も丸藤も、今日が毎日誕生日ということにした。……ついでに、僕もその対象にできそうだったから、そうしてみた」

「……毎日が誕生日だなんて馬鹿げてるよ」

「そうだね、馬鹿げてる。でも僕は真剣だった」

 どうしてそこまで、と吹雪は呟く。

「……」

 紫の目に二人の姿が映る。優介は何も言わないまま二人の前を横切り、壁からガーランドを外し始めた。ようやっと役目を終えたそれらは優介の片腕でぐったり項垂れている。

「どうしてだろうね」

 あらかた外し終わったところでひらりと二人の方を振り返った。

「毎日が誕生日だったらいいなあって、心の底からそう思ったんだよ。天上院が言ったように。丸藤も楽しそうだったろ。だからそれがずっと続いたらいいなあって……」

 腕に抱え切れなかったものがスルスルと滑り落ちていく。色とりどりの三角形の布が散らばった床へ優介の視線は向けられている。少し身じろぎするだけでシャラシャラとそれらはよく揺れた。

「特別な日だったら、さ、きっとなかなか忘れられないだろうな、って……」

 ガーランドが揺れる音にさえ掻き消されてしまいそうなほどの声が絞り出される。その衣擦れが完全に収まったころ、誰かの長髪がさらりと制服を撫ぜる音がした。顔を上げれば、吹雪が愛おしさのある呆れ顔で小首を傾げている。

「馬鹿だなあ。特別な日だから忘れないっていうことじゃないんだよ」

「っでも、『今日という特別な日を忘れない』って」

「もう、だから違うってば」

 ね、と吹雪は亮へ目線を送る。浅い溜め息を吐いて、目つきをふっと緩めた。二人共に靴音を鳴らし、辺り一体の散らばったガーランドやプレゼントの空き箱を踏まないよう歩いて優介へ向かい立つ。

「特別じゃなくたって忘れないさ」

「それを確かめるためにこんな大掛かりなことをしたのか。呆れる」

 柔らかく眼差されたのが意外で、優介は目を見開きわずかに唇を擦り合わせた。二人は優介の肩を叩き、跳ねた髪の奥に絡まっていた紙吹雪の残りを優しく取り去る。

「なんでもない日のこともボクは愛しているんだよ。どんな一日だって素晴らしいもの」

「特別さになんか頼らなくても、俺は楽しいと思っている。……安心してくれていいんだ、藤原」

 ひら、ひら、ひら、と最後まで残っていた紙吹雪が、ゆっくり時間をかけて地上へ降りていく。よく晴れた秋の日差しに、談話室は深呼吸するように一段と明るさを増した。

「…………天上院、丸藤……」

 さあ後片付けだよ、と吹雪の高らかな呼びかけが吹き抜け階段を昇っていく。舞う埃がキラキラとあたりを満たしていた。

「パーティーは片付けるのも一等楽しいのさ。それを藤原に教えてあげよう」

「まずはテーブルとソファーを元に戻すか。藤原、そっちを持ってくれ」

「なにぼうっとしてるんだい。ほら」

「……、そう、だね。手伝うよ!」

 優介は抱えていたガーランドの束を急いで丸めて部屋の片隅に置いた。腕に絡んでいた紐も振り払い、手を振って待つ二人のもとへ駆ける。大きな丸テーブルに手を掛け、せーの、と三人で声を合わせて中央へ運んでいく。

 

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