『ああそれ! クリスマスプレゼントだよ!』
電話口で彼はあっけらかんとした口調でそう言った。
「気持ちはありがたいんだけどさ。吹雪、きみの中のサンタクロースは南半球の設定なのか?」
二つ折りの携帯電話と耳と肩の間に挟み、優介は手にしたそれを広げる。真っ赤な生地に羽状の葉っぱが複数描かれたアロハシャツだ。常夏のハワイを想像させるそれを、彼──天上院吹雪は自分へのクリスマスプレゼントだと言い張っている。
「贈ってくれるならもっと冬らしいものとかさあ」
『だって他にタイミングがないんだもの。服はその季節が来てから買ったんじゃ遅いって言うだろう?』
「だからってクリスマスプレゼントとしてこれを寄越すのは気が早すぎる」
自分宛の小包が届いている、とアカデミアの委員会から聞いたときはさすがに胸が踊ったりもしたけれど。目がなんとかチカチカしないの配色のアロハシャツを眺め、優介は浅い溜息をつく。
この前の春に卒業していった吹雪とは入れ違いになるかたちで、優介はアカデミアに復学した。吹雪と改めて話すのは肩身が狭かったが、こうして彼のほうからときどき電話を寄越してくれている。正面から顔を合わせずに済むことも、彼が自分を心配してくれていることも、実のところ優介にとっては嬉しい限りだった。
だがこのチョイスはさすがにないだろう、と優介は渋い顔を浮かべる。この顔を直接見られはしないことも都合がいい。
「俺は着ないからね」
『そんな! 亮は「そのうち着る」って言ってくれたよ!?』
「亮にも贈ったのか!? これを!?」
脳裏にあの鉄仮面の親友がよぎる。表情を崩さずいつものクールさを保ったまま、この陽気すぎる柄のシャツを着ている姿は想像しただけで可笑しかった。優介は思わず吹き出し、それに呼応するように電話口の吹雪も笑い出した。
『あはは、いい提案だろう? 藤原、きみが卒業したらさ。また三人で集まろうよ。夏に休みを合わせて海にでも行ってさ。これはそのためのユニフォームみたいなものさ』
「もう、分かったよ。そこまで言うならいいよ、着てやるさ。きっと俺も亮もそんなに似合わないだろうけど」
『アロハシャツが似合わない人なんていないよ。なにせ正装としてもいける服だからね!』
はいはい、と優介は適当に相槌を打つ。
テーブルに散らばった包み紙を片付けていると、緩衝材の間から別の小包がぽろりと現れた。
「あれ? これ何」
『あっ気付いたかい!? そうそう、きみへのプレゼントはもう一つあるんだよ!』
携帯電話から聞こえる吹雪の声が弾んでいる。ふうん、と優介はいましがた床へ落ちたそれを拾い上げた。緩衝材がぐるぐる巻きにされている過剰梱包気味のそれを、丁寧に取り外していく。早く開けてみてよ、と吹雪は期待感に追われてせわしない様子で、テープを剥がすのに余計に手間取ってしまった。
もうひとつのプレゼントとは一体なんだろう。吹雪のせわしなさが伝播したのか、優介も徐々にそれの中身が楽しみになってきていた。
現れたのは細長い長方形の箱がひとつと、正方形に近い箱がみっつ。正方形の箱の方は、それぞれ赤・青・緑のパッケージだった。正面には『ドローイングインク』の文字が印字されている。
「……インク?」
優介は不思議に思いながら、長方形のほうの箱を開けた。
『どう? 気に入ってくれた?』
「……綺麗だ」
箱に入っていたのはガラスペンだった。柄の部分が薄い水色をしていて、繊細な透明感のある美しいペンだった。部屋の照明が反射し、ペンに意匠として彫られた溝がきらきら輝いている。
『ガラスペンとインク三種類。こっちが本命のクリスマスプレゼントだよ、藤原』
優介はそうっとそのペンを手に取る。息を呑むほどに、惚れ惚れするほどに綺麗なペンだった。ただ一目見てあからさまに高級品だとわかるそれに、優介は慄きながらペンを一旦箱に戻す。
「そんな、これ、すごく高いものじゃないのか。こんなの俺だけもらってもしょうがないよ。だって俺は吹雪になんにも用意してないんだし」
『別にいいんだ、それくらい。たまたま見かけて、藤原に似合うかなって思って買ってたものなんだ。それにそこまで高くないんだよ。お返しだって特に求めてないけれど、なにか返したいって言うんならきみが卒業してからにしてよ』
「でも、……俺にはもったいないよ、こんなに綺麗ですぐ壊れそうなものなんて」
『そうかな? うーん……そうかなあ……』
もごもごと口籠る優介をよそに、吹雪は電話口の向こうで返しの言葉を考えている。ガラスで出来たペンなんて、なにかの弾みにすぐ壊してしまいそうで迂闊に触れない。優介はじっと、テーブルの上に置いた長方形の箱を眺めた。
『藤原、きみは写真が好きだろう』
「? ああうん。カメラで色々撮るのは好きだけど、それがどう関係あるの」
『ああよかった。それならこうしよう』
吹雪はなにかを思いついた様子で、上向きの声色を電波へ流し込んでいく。
『藤原がなにか写真を撮って、そのうちのいくつか、きみが気に入ったものをボクに贈ってよ。いっそコピーでもいいからさ。そのとき、写真の端に一言なにかメッセージも添えてよ。それで、そのときに使うペンを、これにしてほしい』
「? えっと、つまり、どういうことだ?」
『そうしたらさ、その準備をしてる間、ペンを割らないように丁寧に扱うだろう。藤原がボクのことを考えてあれこれやってくれてるっていう、その時間がボクは欲しいかな』
「……」
優介は言葉を失う。
携帯電話を握る手がじわりと汗ばんだ。目の前に鎮座するガラスペンの反射が眩しくて、ふっと目を逸らす。横にはセットで用意してくれた、赤・青・緑の専用インク。テーブル奥に置かれたアロハシャツの派手柄が妙に浮いていて、彼のセンスは本当にどうかしている、と思わざるを得なかった。
「……吹雪」
『なに? 藤原』
「俺はこう見えて結構筆マメなんだ。写真も最近はよく撮ってるし。全部ちゃんと受け取って、全部ちゃんと見てくれないと承知しないからな」
『! よかった! ありがとう、嬉しいよ!!』
なにかの賞を勝ち取ったかのようにスピーカーの声は喜びに弾んでいる。そこまで大袈裟にはしゃいでくれていることが嬉しくて、優介は根負けしたように静かに息を吐いた。内心で彼に白旗を降る。もう少し吹雪の手のひらの上で、踊ってみるのも悪くない。
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