入学式の日、通学路の桜並木。
こいつらみんな一年生かぁ、と黒山の人だかりに流されるまま歩いていると、何気なくパッと顔をあげた先で視線がぶつかった。たぶん一目惚れだった。
翌日、そいつが男だと知って小さくショックを受けた。たぶん失恋だった。いさぎよく諦めたつもりだった。ていうか、一目惚れとか失恋とか、そもそも男だし。ノーカンだろ。
でも印象に残ったのは確かだった。
だから、『無視するか、話しかけるか』という選択肢が生まれたのは自然なことだ。
「お前さあ、映研作ったんだって?」
「…そうだけど」
「それさ、面白ぇの?」
「……冷やかしなら間に合ってるよ」
そのとき、あの入学式の日に見た、あの女子みてえな顔と女子みてえな目は、もう二度と手に入らないんだろうなと直感した。
忘れもしない、四月上旬の桜並木。いまはすっかり葉桜になり、時折毛虫が降ってくる。誰だって桜は好きだと思う、俺も人並みに好きだ。人並みに桜が好きで、人並みに桜が嫌いだ。
「俺さ、あいつ嫌いなんだよ。映研作ったとか言ってたじゃん。余ってるとかってさ、まだ同好会のくせにプレハブの部室なんか貰っちゃって。校舎の端っこだし、あそこ隠れて煙吸うには良い場所だと思うんだよなァ。人通りも少ねーし」
「別になんだっていい。もっかい言うけど、俺、あいつ嫌いなんだよ」
「あいつだよ、あいつ。二組の吉野。あ?なんでそんな嫌ってるのかって?…知らねえよ。関係ないだろ」
「けど、向こうも俺のこと嫌いなんだよな、多分」
「よし、行こうぜお前ら。どこって、映研に決まってるだろ。煙吸うためにあの部室乗っ取るんだよ」
一年生の秋頃から吉野は徐々に学校に来なくなったらしい。映研は自然消滅し、もともと同好会の扱いだったためそう深く追求されることもなかった。どこが部室を管轄しているかも曖昧らしく、俺はそこで煙を吸い続けた。
二年生になり、新入生がぞろぞろと桜並木を歩くのを、教室の窓から見下ろした。当然、その群れにあの顔はいなかった。進級して、俺は吉野と同じクラスに振り分けられた。予想通り吉野は来なかった。
翌日も、その翌日もずっと、机と椅子が埋まることはなかった。
桜が散って、ああ俺はやっぱり、人並みに桜が嫌いなんだなと思って、誰もいないプレハブの部室で煙を吐いた。