「聞いてた話と違うじゃないか! 亮、兄弟仲をどうするべきかってあんなにしおらしく悩んでたのは、一体なんだったんだ!」
「? どうって、今後どうして行きたいか二人で真剣に話し合っただけだが」
「そうっすよぉ。ぎくしゃくするのはお互いにつらいよねって。だからそういうの、もうやめたんす」
「は、はぁ。まあ……きみたち二人が納得しているなら、それでいいんだが……」
エドはただ呆然と二人を眺める。
以前、ここの兄弟同士でのデュエルを観たときは凄まじい気迫で溢れていた。互いに一歩も退かない、退きたくないという闘志による名勝負。さらには、異世界放浪中に亮が溢した、弟についての話。それらを合算して、彼ら兄弟はとことん相性が悪いのだと、エドはそういった過酷で厳しいイメージを抱いていた。
「(そりゃあ確かに、兄弟仲は良いに越したことはないさ。だが、それにしても、これは)」
翔の変化はまだ理解できる。実の兄に対して壁のようなわだかまりを感じていたがそれが取り払われ、結果的に何の迷いもなく兄を慕えるようになった、そんなところだろう。
だが亮のほうはどうだ。
春先の暖かさにほだされてぼんやり淡く眠たげで、緑の風を浴びるのだって実に爽やかで気持ちよさそうだ。
良く言えば『丸くなった』。表情筋も全体的に柔和で、弟に対する態度だって以前の冷淡なものではない。ほとんど別人なんじゃないかと思うほどだ。
逆に、悪く言えば──。
「日和っている……」
「エド、何か言ったか?」
「え、いいや。何も」
エドは二人の見えないところでこっそりと頭を抱えた。ヘルカイザー亮として大胆なイメージチェンジをして再登場した日を思い出す。
全身真っ黒で差し色にシルバーをあしらった強気の衣装。
上品で優等生的だった立ち振る舞いを捨て、ぎらついた闘志一本だけで這い上がってきた雄々しい野生み。
気位の高さだけはそのままに、いやそれ以上のものを携えて、勝利のためであればどこまでも容赦なくなれる姿。
それがいまや、春の花と緑に囲まれる、気を抜けばすぐにでもうたた寝を始めそうな、気の抜けた男にすっかり変貌してしまっている!
「(いやいや、亮は心臓の手術をしたばかりなんだったな。少しくらい気が抜けているほうが回復だって早くなるさ。リラックスして過ごすほうがいいからな。だからきっと、病状がよくなればヘルカイザーとしてのダークでクールなオーラも元に戻るに違いない)」
「あ、そうそう。エドには話してなかったっすよね? ぼくたち、兄弟二人で会社を起こそうと思ってて」
「へえ、起業するのか」
新緑のトンネルで車椅子を押して歩く。キイ、と車椅子の金具がのどかに軋んだ。
エドはどうにか自分を納得させつつ、雑談に集中しようとした。翔は今後の展望が楽しみで堪らない様子で、口調にも態度にもウキウキさを隠さない。
「そう! 兄さんが社長で、ぼくが副社長で〜。二人で新しいリーグを作るんすよ! 名付けてサイバー流リーグ! あ、タイトルはまだ仮っすけどね。ふふーん、格好いいでしょ? 本格的にリーグが始まったら、エドも出てくれていいんすよ」
「まッ、待て待て待て待て! 二人でリーグを作る!? 亮、お前まさか、まさか、プロを辞めるつもりなのか!?」
エドは突然の新情報に頭がついていかず、思わず車椅子の手前に回って亮へ食ってかかった。
起業だけならそこまで驚かない、学生上がりで会社を起こす者なんてそう珍しくない。
だが、リーグを新設したいとなれば別だ。
基本的にリーグの運営関係者側は、ライセンスの有無に関わらず公式戦には出場できない。たとえアルバイトスタッフだろうと主催者だろうと、その規定は連盟の規定により絶対だ。公式戦はあくまで興行で、どんなに下級の雑魚試合だとしてもその裏では莫大な額の金が動いている。ビジネスが大前提にあることを考慮すれば当然の規定だ。
プロデュエリストとして活動していた亮がリーグを新設するということは、つまり。
──プロを辞めるのと同義だ。
仰天するエドに向けて、亮はごく自然に、さもそうするのが普通だと言わんばかりに、エドの言葉を打ち返した。
「ああ、そのつもりだ。プロは引退する」
「〜ッ……! 亮、お前……!」
エドは歯を食いしばって耐えた。そうでもしないと、亮を侮辱し中傷するような言葉が飛び出してしまいそうだったからだ。ぎりぎりっと奥歯が鳴る。
口内に湧いて出た悪口を強引に飲み込み、片手を額に添えて考えた。翔もいる手前、あまり酷い言葉遣いはしてられない。ふうっと息を吐き、エドは言葉を選びつつ口を開いた。
「引退っていうのは……亮、本当に分かって言っているのか? ヘルカイザー亮としての名誉も、人気も、今後の活躍もすべて捨てるということだぞ」
「無論だ。それを考えられないほど体調は悪くない」
「そういう話じゃない! きみは勝利に飢えていたんじゃないのか。ヘルカイザー亮ほどの才覚なら日本チャンプ、いや世界チャンプだって夢じゃないだろう!」