500字以下のお話
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翠千/奏千/宗みか/りついず/いずつか/その他
断線
あんたは気付いてないだろうけど、あんたが神妙な顔して「今日な、」と話し始めるときはたいてい、あんたがどうしようもない寂しさに捉われているときだ。
「行きませんよ」
「まだ何も言ってないじゃないか」
「俺は、巻き込まれるのイヤなんです」
何か悟ったように、そうか、と手が下がっていく。
ベランダのホテル族
「こないだハタチになったの、お祝いしてくれたじゃないスか」
「あぁ……そうだったな。とにかく、高峯はダメだ」
「自分は吸うくせに。一本くらいいいでしょ」
「高峯には長生きしてほしいからな」
「なにそれ。受動喫煙でとっくにアウトでしょ」
「む……それもそうだな」
「どうせなら同じもの吸って、同じもの見て、同じように死ぬのがいいです」
一本くれます? と高峯は柔らかく微笑む。
「まいったなぁ。高峯にはずっと綺麗なままでいてほしかったんだがな。……仕方ないか」
煙が夜闇へ溶けていく。
俺が悪いのに、
事がすべて終わってからハッと我に返る。
欲望をぶちまけられた先輩が、虚ろな顔で横たわっていた。マットに飛び散った白濁には赤色が混じり、ところどころピンク色になっている。
(俺が先輩を犯したのか?)
急に怖くなり、俺は先輩を置き去りにして体育倉庫から逃げる。倉庫の重たい扉を開けようと背を向けた瞬間、「たかみね」と呼び止められた。先ほどまでの興奮でかいた汗と全く違う、気持ち悪い脂汗が全身からどっと吹き出す。
「ごめんな」
俺は振り返れなかった。先輩の声色はいつもと何一つ変わりなくて、その言葉が頭をぐじゃぐじゃにかき乱す。
「(そんなのずるい)」
あのひとがいない
白い布をめくると『眠ってるみたいでしょう』と病院の人が言った。
「ちがいます、眠ってなんかない。この人の寝顔はもっとだらしなくて、いびきがうるさくて、寝相もすごく悪くて、こんなに静かなこの人はちがいます。本物のあの人はどこですか」
『高峯さん落ち着いて』
「守沢先輩、いるんでしょう。どこですか、本物の、あのひとは」
来世できっと、
「ちあきは『いいこ』だから、きっと『てんごく』にいけますね」
「奏汰も良い子だから天国に行けるぞ?」
「ぼくは『らいせ』がもうきまってますので」
「(うーむ奏汰の考えてることはやはりよくわからん…)来世は何になるんだ?」
「おさかなさんになります〜」
「奏汰はどこまでも海が好きだな。それでこそ流星ブルーだ…☆」
「おさかなさんになって、ちあきにたべてもらいます」
からっぽの空
「ちあき、しんじゃ『いや』ですよ」
「安心しろ、ヒーローは死なないんだ!お前が、みんなが覚えている限り、絶対に死なない」
かっこつけちゃって、とブルーはお大袈裟な溜息をつき、レッドを投げ飛ばした。
「『しなない』のと『いきる』のはちがいますよ。なんにもなくなるのは、ぼくは『いや』です」
夏の終わり
鈴虫が鳴き始めた夜の翌朝は、大量の蝉が道路で死んでいる。その亡骸のひとつを持ち上げ、
「『ぬけがら』のほうがきれいでしたね」ときみが云うので、それはなぜかと聞き返すと
「ひかりにすけませんから」とその手を空へ差し出した。
ぶぶぶ、と思い出したように蝉は空へ飛んで行き、道路へ落ちた。
小学一年生の夏(if)
『せんせえ、なんでおれのアサガオだけ、芽が出ぇへんの?』
土が浅かったのかもしれないわね。鳥が食べちゃったのかも。
『ちゃうよ。ほり返してみたらちゃんとタネ、あったもん。せんせえ、なんでやろか』
そうねえ、死んじゃったのかもしれないわ。
『タネって死ぬん?』
新しいのを撒きましょうね。
***
「あんときの種、おれが殺してしもたんかなぁ」
みかはそれをキリに、トルソーの衣装から仮留めの針を抜き終えた。青と赤の薄布が広がる、煌びやかな衣装だ。
「殺してなどいないよ。きちんと下処理をすればほとんどの種は発芽する。その教師が無能だっただけだ」
「ほっかぁ。お師さんは物知りやね」
『かしてごらん。あさがおのタネはね、ここにキズをつけるんだ』
こまかいなぁ。手先が器用なんやね。
『きみにだってできる。やってみなよ』
こう、かなぁ。
『上出来だ。さあこれを土に埋めて。水をあげよう』
あっ、芽が出たで! 生きとったんや!
『ごらん、死んでなどいないだろう。殺してなどいないよ』
指輪
『これはあたしには大きすぎるから、みかちゃんが持ってて』
「ええの?」
古い指輪が蛍光灯を鈍く反射する。内側に何か彫ってあるが潰れていて読めない。
「でもおれには小さいなぁ」
それを聞いた宗は戸棚から細い革紐を取り出し「首から下げればいい」と差し出した。
「…なにニヤついているのかね」
「別に〜♪」
融点
「くまくんやめて」
泉の首根には凛月の歯型が残っていた。
「…痛い」
「嘘はよくないよ。気持ちいいくせに」
心臓がどくどく鳴り、重なった部分が熱くて堪らない。いつまでもこの熱に浸るには衣擦れの音さえも余計だった。
「痛いもんは痛い」
「ねえセッちゃん、本当は、さ」
”俺以外の誰を見てるの?”
きみはひまわり畑を見たいと言った
「眩しくて嫌になるねぇ。太陽は天敵なんだよね〜…だる」
「くまくんが来たいって言うから案内したんだよぉ?少しはありがたがってよ」
凛月はTシャツの裾を持ちげて汗を拭きながら「ありがと」と呟いた。
「セッちゃんは優しいから好きだよ」
「それどういう意味?」
「そのまんまの意味だよ」
「ふーん」
好きにしていいよ
凛月は練習のことをすっぽり忘れ呑気そうに眠っている。揺り起こす程度で起きないのもいつものことだと、苛ついていた泉は凛月の胸ぐらを掴もうと腕を伸ばす。
「っうわ、」
それを突然引っ張られ、泉は体勢を崩した。下敷きになった、寝ぼけた表情の凛月と目があう。
「くまくん起きてたの」
「……セッちゃん」
「なに?」
「好きにしていいよ」
「……はぁ?」
意地の悪い人
色に溺れたあと素肌のまま布団にくるまっていたら、瀬名先輩が濡れた前髪を掻き上げながら「なんで俺なわけ?」と聞いてきた。
「今更ですか?」
「今、気になったから聞いたの」
この人の髪は風呂で洗ってもこんなに癖が強いのか、と感心していると、視線に気づいたのかジッと睨み返された。
「できれば服を着てください…目のやり場に困ります」
「……今更それ言うのぉ?」
「今気になったら言ってるんです」
瀬名先輩の生白い肌には雫が浮き、引き締まった肢体が一層気高く見えた。
「嫌なら見なきゃいいのに。…で、俺のどこがいいの」
「言わなきゃ駄目ですか」
「当然」
青い目が意地悪そうに覗き込んでくる。
密(みそか)
瀬名先輩、寒そうですね。
「冬だから当たり前でしょぉ?」
ではストーブを焚きますね。窓を閉めてください、そう、ぴったりと。もう夜遅いですから鍵も閉めましょう。
「かさくんそれ何」
ふふっ、瀬名先輩でも知らないことがあるんですね。カウントダウンしましょう、2016年がもうすぐ終わりますよ。
線引き
「ねえセナ、おかえりって言って」
「……おかえり」
「ただいま」
「……ここ、俺んちだってわかってる?
「わかってる。セナハウスだろ? 本物の」
「そうだけど、さぁ」
「わかってる。ちゃんと、明日の朝には帰るからさ」
「……この前あんたが使った歯ブラシ、まだ置いてあるから。それ使って」
「ありがとセナ! 大好き」
ばんごはん
アニキはパスタが嫌いだ。
「だって食べた気しなくない?ゆうたくんはどお?」
「言わなくてもわかるでしょ〜? ねえ少しは手伝って」
寝転がったままのアニキを足蹴に大皿を運ぶ。八宝菜、餃子、棒棒鶏、わかめスープ。
「あの人は?」
「いるわけないじゃん」
「だよね」
「いただきます」
死にたがりと左手
まるでキスでもねだるかのように、うっとりと英智は言った。
「ねえ渉、ぼくの手できみを殺させてほしい」
多少面食らいながらも渉は、仰せのままに。と腕を広げ英智を迎え入れる。
「お忘れですか。私は貴方の左手ですよ?」
渉に首を絞め返されながら、英智は「さすがだよ、僕の渉」と満足げに笑った。
宗教/救済
母がね。と云うのはセンパイが常用する枕詞だ。
「夏目くんのことを『救世主さま』と呼ぶんです」
「…今ノ、軽々しく口にすべき言葉ではないネ」
天性の嘘吐きであるセンパイは軽薄に笑う。
「そんな重いものじゃなくて、愛称みたいなもんですよ」
センパイはそう語るが、ボクには分かっている。
「そう名付けたのは先輩だろう?」
***
「センパイは救いようのないバカだネ。僕の魔法が効かないんだかラ、どうすることもできないヨ」
「でも夏目くんは俺をユニットに誘ったとき、せめてもの救済だって言ってました。救ってくれるんでしょう?夏目くん」
「…さア、言ったかナ? センパイは本当に救いようのないバカだネ」
水槽の脳
「苦しくないの?」
ぼくは『しんかいぎょ』だから、うみのふかいところにいるだけです。
「違うよ。奏汰くんは人間だよ」
あうあう、ひっぱらないでください〜。
『すいあつ』がかかってしんじゃいます。
「何言ってるの、俺の声だって聞こえてないくせに」
かおるは”うそ”がきらいなんですね。
小夜時雨の宿
「毎回ごめんね」
「なに、羽風が居て丁度いいくらいだ」
リビングのテレビからは天気予報が流れている。明日の朝も雨だ。
「傘、好きに持っていっていいぞ」
千秋くんの家はいつ訪ねても傘が余分に置いてある。
「ありがと。…ちゃんと返すから」
本当は、俺じゃなくて奏汰くんに貸すための傘なんだろう。
嘘つき村と正直村
「三毛縞さん。……もう暴力はよしてくれ。殴ったら誰だって痛いって、それくらい知らないわけないだろう?」
「知ってるから殴るんだぞお。痛くしなきゃ伝わらないこともある」
「……俺はあなたを殴れない。痛いのは御免だから」
千秋は震える手でシャツの胸元をぎゅうと抑えた。足元に溜まった自分のではない血がねとねとと絡みつく。
「そうかあ。それじゃあ、ここでお別れだなあ」
斑はぼんやりと宙を見上げたまま、おもむろにジャケットを脱いだ。もとが何色だったかわからないほどに汚れたそれを千秋へと差し出す。おずおず受け取ると、手がべっとりと血糊で汚れた。
「……最後に、臆病者って嗤ってください」
「それはできないなあ。千秋さんは優しいから」
嗤い者は俺のほうだろうなあ、と斑は寒々しく風を切って走る。高校二年の冬。春はまだ遠い。