アウラ、ピントを合わせて

 優介は写真を撮るのが好きだ。

 彼の鞄の中には常にコンパクトデジタルカメラが入っていて、隙あらば取り出せるようになっている。最近は携帯電話のカメラ機能だってあるのだからわざわざデジカメを出さなくてもいいじゃないか、と以前尋ねたことがある。そのときは「それとこれとは別物なんだよ」と、何を分かりきったことを訊くんだといった風体で返された。画素数がどうのデータ移行がどうのとぼやいていたが、吹雪にとっては造詣のない分野の話だ。

 じりじりと尾を引いていた残暑はようやく息絶え、吹く風は日に日に透明度を増している。太陽が落ちるのが早くなってきた。吹雪の長髪は西日に明るく透け、琥珀色になってささやかに靡いていた。口遊んでいる鼻歌は、家を出る直前にテレビから流れていた、なんてことはないコマーシャルソングだ。

 お気に入りのオックスフォードシューズは通い慣れた道を進んでいく。彼の自宅へ繋がる道だ。鼻歌はまだコマーシャルソングの同じ部分だけを無限ループしている。ちゃり、とポケットから合鍵を取り出し、まるでダンスの振り付けのようななめらかな動作でドアノブを回した。

「藤原、来たよー。お邪魔します」

「あー吹雪! もう来ちゃったか。すまないけど、もうちょっと待っててくれないか」

 奥の部屋へいる家主へ聞こえるよう、吹雪はやや声を張って彼を呼んだ。靴を脱ぎ揃えながら耳を澄ますと、なにやらがっしゃんがっしゃんと機械の音が聞こえてくる。一体なんの音だろう。吹雪は奥の部屋へ向かい、ドアを開けた。

「……あ、写真の印刷をやってたんだね」

「そう、そうなんだけど、思ってたより時間かかってて……。あと二十分くらいかかるかも」

「ああいいよいいよ、まだ予定の時間までは全然あるから」

 部屋には写真用紙が散乱していた。足の踏み場もなく──いや、それは今日に限ったことではないが──吹雪はドアを開けたポーズで立ち尽くすしかなかった。床面は様々な色で溢れかえり、ツルツルの光沢用紙に多種多様なモチーフが写し取られている。合計すると千枚をゆうに超えてそうな量だが、それにしたって一体なにをどう散らかせばこうなるのか、吹雪にはさっぱり理解ができない。彼は部屋の秩序を保つために、こまめな整理整頓よりも定期的な断捨離を選ぶタイプだ。いまはまだモノを捨てる時期ではないのだろう。

 部屋の角のデスクには吹雪の恋人である藤原優介の姿と、独特の機械音を上げ続ける家庭用プリンターが一台。ひっきりなしに紙を吐き出していて、玄関先で聞いた駆動音はこれから発せられるものだったか、とすぐに合点がいった。

「すごい量だね? なんでまたこんないっぺんに」

「気付いたらデータがぱんぱんになっちゃってさ。選別するの苦手だから、明らかな手ブレとかピンボケだけ弾いて、とりあえず片っ端から印刷してて。そしたらもうこんな時間だよ」

 優介はオリーブグリーンの髪を掻き上げ、溜まった疲れを吐き出すように深く息を吐く。パソコン画面を睨みながらうーん、と眉間に皺を寄せ、なにかを諦めたように吹雪へ向き直った。

「お茶でも飲む?」

「お茶よりはコーヒーがいいな。砂糖もミルクもなしで」

「ブラックね、了解。適当にそのへん座って待ってて」

「え、写真まみれで座るところないよ」

「……それもそうだな。少し片付けるよ」

 優介はばさばさと荒い手つきで床に広がっていた写真の一部を掻き集める。クッションを二つ分引っ張り出してぽんぽんと床へ並べ、じゃあコーヒー淹れてくるから、と言い残してキッチンへ向かった。ここへ座れということなのだろう。吹雪は大人しく、彼が用意してくれた席へ腰を下ろす。

 写真は床面だけでなく、カラーボックスや小物入れの上などあらゆるところに積まれて置かれていた。優介が先ほどまで座っていたデスクも既に刷り上がった写真の束でいっぱいで、この量を一気に出力しようだなんて考えなしにも程があるだろう。彼はいつもそうだ、どうも向こう見ずなきらいがある。仮に最後まで刷り終わったとして、これをどう収納するかは決めているのだろうか。

 カラフルな写真に囲まれた中で吹雪は体育座りをし、ぼんやりとそれらを眺める。まるで色の海を漂流しているようだ。

「(……これ、全部藤原が撮ったんだろうな)」

 彼は学生時代から写真を撮るのが好きで、確かポートレートや記念写真をメインに撮っていたように思う。わざわざ三脚を立てて一緒にツーショット写真を撮ったことを、吹雪ははっきり覚えている。だが目の前に広がっている海のなかで人物が映っているのはほんの一部で、何気ない風景や街角のモチーフが多いように思えた。

 粉雪を被った赤い冬薔薇。若草の上で寝そべる野良猫。絵筆で書いたように細い飛行機雲。

 写真芸術に詳しくない吹雪の目にも、それらが美しいものであることは容易に理解ができた。

 華やかな記憶と記録の中から、吹雪は何気なくそのうちの一枚を手に取る。真っ黒にベタ塗りされたインクの中に、放射状に広がるオレンジ色の点。打ち上げ花火の写真だった。今年の夏、二人で見に行った花火の写真だ。吹雪はその写真を見つめていくうち、自分の口角がいつのまにか上へ持ち上がっていることに気付いた。

「あ、吹雪。その写真」

 二つ分のマグカップを持って優介が戻ってくる。

「ゴメン、勝手に見ちゃった。ねえこれ、この前の夏祭りのだろう? 花火が開いた瞬間がよく撮れてて凄いな。この日は楽しかったよねえ」

 優介からマグカップの片方を受け取る。彼は吹雪の隣のクッションへ座り、手に持った写真を覗き込んだ。

「ああうん、俺もこれ気に入ってるんだ。……うん、この日はすごく楽しかった。花火も綺麗だったよね」

 吹雪の目線のすぐそばを、優介の緑色の毛先がかすめていく。ウェーブした髪の合間から、伏せられた睫毛が覗いている。彼は穏やかに微笑みながら、吹雪が持つ花火の写真を見つめていた。吹雪も同じように写真の中の花火へと視線を戻すと、あの日の熱帯夜らしい蒸し暑さや、人混み特有の喧騒が次々に脳裏へ蘇ってくる。この夏祭りの日からもう二ヶ月も経つのか。

 吹雪は横髪を耳に掛け、優介から受け取ったマグカップに口をつけた。隣に座る優介も同じタイミングでコーヒーを啜る。

「藤原はいい写真を撮るよね。……ちなみに、そっちは今日は砂糖何杯入れたの?」

「ティースプーン二杯と半分」

「うわぁ……よくそんな甘いの飲めるよね」

「別にいいだろ、俺は甘いほうが好きなんだ。そう言う吹雪はよくブラックなんて飲めるよな。……あ、いや俺も、飲もうと思えば飲めるけどさ……」

 そう弁明する優介の口調が妙に子供っぽくて、吹雪は無意識に微笑んでいた。食の好みが合わないねという、ただそれだけの話だ。甘くできるなら甘くして食べたいというのが彼の好みで、甘さを抜けるなら甘さを抜きたいという吹雪の好みとは真反対極まりない。本当に好みが真逆だよねえボクたち、と吹雪は半ば定番化した答えを返す。

「吹雪、その写真、一旦まとめるから返してもらっていいか? このへんに散らばってる写真と一緒にするから」

「ああうん、どうぞ。……あれ、ちょっと待って」

 花火の写真を手渡そうとした瞬間、吹雪はあることを思い出した。ぴたり、と手は空中で不自然に動きを止め、差し出した優介の手の軌道から逃げる。あの夏祭りの日、優介は浴衣を着ていて手荷物の行き場がないからと、首からカメラを提げていたはずだ。撮った写真がこの打ち上げ花火一枚で終わるはずがない。

「きみさ、この日、ほかにも写真撮ってただろ。とくにボクの。見当たらないんだけど、それはどこにあるのかな」

「……!! ええー、そんなの撮ったっけな。俺はポートレートを撮らないことで有名だろ?」

「藤原、そんなしょうもない嘘ついてなんになるのさ。せっかくだし見せてよ、もう印刷してるんだろう?」

 彼は白々しく目を泳がせたかと思えば、まだ湯気の立つマグカップを脈絡のない動作でカラーボックスの空きスペースへ置いた。座ったままぎこちなく体を横へスライドさせ、背中側のなにかを隠すようにぎゅうと目を瞑る。

「……イヤだ! 本人なんて見せられるわけがない!!」

「わかりやすすぎないかい!? そこにあるんだね!?」

「なッ、あるわけないだろ、何を根拠に言うんだよ! あっちょっと、やめろバカ!」

 吹雪は優介の防御を掻い潜り、隠されていた写真束を掴む。

 束の一番上にあったのは、夏祭り会場までの提灯が並ぶ道のりの写真。朱色の明かりが点々と、電信柱と電信柱との間を縫うようにぽつぽつと浮かんでいる風景だ。ただのなんでもない写真じゃないか、と吹雪は怪訝そうに眉を潜める。が、その引っかかりは二枚目をめくってみてすぐに解決した。

「……な〜んだ、やっぱりここにあるじゃないか」

「ああもう、やめろよそのニヤニヤ……。だからイヤだって言ったんだ」

 優介は顔を背けて口を尖らせる。逸らした横顔は真っ赤に染まっていて、吹雪はそれに名状しがたい愛おしさを覚えた。頬が緩んで仕方ない。

 二枚目以降の写真は、どれも吹雪を撮ったものだった。カメラ目線ばっちりのショットではなく、吹雪がよそ見をしたり優介へ背中を向けて歩いているところだったり、ピントはどれも無意識の狭間へ合わせられている。時折撮られていること自体には気付いていたが、まさかこんなにもたくさんシャッターが押されていたなんて思いもしなかった。

「藤原にはボクがこんなふうに見えているんだねえ」

 うぅ、と淡い呻き声を優介は漏らしている。その死に際のような鳴き声に、吹雪の胸は特別感でいっぱいになり、隣で恥ずかしがる彼を悪戯っぽくつついてみた。いまにも弾けてしまいそうなほど彼は限界だったのか、カラーボックスへ置いていたマグカップを再び手にとって照れを誤魔化す。

「吹雪のバカ。アホ。俺はイヤだって言ったのに」

「ゴメンゴメン。でも、ボクはこの写真見れて嬉しいなあ。だってどの写真も、ものすごく素敵に撮れてるんだもの。自分で言うのもなんだけど、ボクの男前さに磨きがかかってるよ。これはお世辞抜きでさ」

 事実、優介が撮った写真はどれも美しいものばかりだった。よそ見をした一瞬を狙っているはずなのに現場の慌ただしさを感じさせない自然さがあり、それなのにシャッターを押す瞬間は最高のタイミングに研ぎ澄まされている。構図も、光の当たり方も、撮られている天上院吹雪の表情も。醜い要素が一切排除された、スナップ写真としてこれ以上ないものだった。

「わ、すごい。ほんとにこの束、全部ボクじゃないか。夏祭り以外の日もある。……えっこんなのも撮ってたのかい? この日も!? このときも!!」

「勝手に撮ってて気持ち悪いだろう、こんなにたくさん。……引いた?」

「引かないよ。むしろカッコよく撮っててくれてて嬉しいくらいさ。そりゃこの量には驚いたけど」

「吹雪が全然気付いてないみたいだから、俺も調子に乗っちゃって……。盗み撮りなんて悪いよな、とは思ってたさ。でもそれ以上にシャッターチャンスが多すぎて、つい……」

「なるほど。これが、美しさは罪ってやつかァ」

「違うと思う」

 吹雪は写真の束を次々にめくる。もしかして他の風景写真とは別にして選り分けていたのだろうか。めくってもめくっても現れるのは天上院吹雪の何気ない瞬間ばかりで、さすがにじわりじわりと羞恥心が込み上がってきた。

「……藤原はボクのことが心底好きなんだねえ」

 夏祭りよりも前の日、例えば、深夜に二人でコンビニまでアイスを買いに行った道。赤と青の紫陽花が同時に咲いているのを見つけた公園。満開の桜並木の下。新雪に足跡をつけて回った早朝。優介から貰ったマフラーを自慢げに見せびらかしている、誕生日パーティー。

 優介と付き合いはじめてからおおよそ一年分の天上院吹雪の姿が、そこには克明に写し撮られていた。

「……好きで悪いかよ。ああそうさ、吹雪、きみのことが大好きだから撮ってるんだ」

「いまのその照れ顔、すごくいいね。胸キュンポイント百点満点だ」

「なあおい吹雪、俺の話ちゃんと聞いてたか? 茶化さないでくれるか」

「聞いてた聞いてた。ボクも同じ気持ちだよ。ボクのことが大好きだって言ってるときの藤原が、ボクは一番好きさ」

 吹雪は余裕たっぷりに優介へウインクしてみせた。ばちん、と空中に星マークが飛び散り、優介は半ば迷惑そうに眉間に皺を寄せて目を細めた。分かってないなあ、と優介はぶつぶつ口を尖らせ、マグカップの中身を啜る。

「俺は全部憶えておきたいんだよ。……一瞬たりとも忘れたくない。撮っておかないと、吹雪が、吹雪と俺との思い出が消えちゃうような気がして」

 優介はマグカップへ視線を落として呟いた。髪よりも一段暗い深緑色の睫毛が、彼の目元へ繊細な影を作っている。その影はいつか訪れる終わりの日へ向けられているようで、吹雪の胸が瞬間的にちくりと痛んだ。吹雪は優介の足元へにじり寄り、彼の落とした視線の先へ入り込めるよう顔を覗き込んだ

「大丈夫。ボクも、ボクたちの思い出も、消えたりしないよ。絶対に」

「絶対に?」

「ああ。撮っても撮ってなくてもそれは変わらないけれど、藤原は、写真に残しておきたいんだよね。素敵なことじゃないか。現にボクはいま、これらがきっかけになってこの一年の出来事を鮮明に思い出せてる。藤原が撮ってくれてたおかげだよ」

 吹雪はにっこりと彼の両目を見つめた。潤めく紫の瞳と、吹雪の褐色の瞳とが一直線に繋がる。

「きっと何年経っても思い出せるさ。たとえ百年でも、千年でも。きみはそれを証明したいんだろう?」

 ピントはお互いにお互いの網膜へ合わせられている。視神経や大脳皮質の遥か先にある、こころを見つめ合った一年前のあの日の光景。永遠を証明させてほしい、終わりの日なんて来ないと信じさせてほしい、と、晴れた星月夜の下で取り付けられた誓いの言葉。

「……そう。そうだよな。そうだった。吹雪も一緒に思い出してくれてるなら、それでいいや」

 優介は表情筋をいじらしく緩めて微笑んだ。吹雪はいますぐ彼を抱きしめたくて堪らない気持ちになったが、無理に動けば床面に散らばった無数の写真を踏みつけてしまいそうで、穏やかな衝動をぐっと我慢するしかなかった。

 ふいに、稼働を続けていたプリンターから異音が上がった。ぴぴぴ、とエラーを告げるアラートに、紙詰まりでも起こしたかな、と優介はデスクへ向かった。

「ああ、写真用紙がなくなったみたいだ。うーん、用意したぶんは使い切ってしまったな……。今日はこのあたりでもうやめとくよ。続きはまた今度にする」

 優介はプリンターの用紙トレーをがちゃがちゃと確認したり、パソコンのほうでもなにやら操作を続けている。印刷を終わる準備でもしているのだろう、と吹雪は手に持ったままだったマグカップへ口をつけた。淹れてから時間が経っているせいか少しぬるくなっている。ぬるいということは飲みやすいということだ、と吹雪はそれをごくごくと嚥下する。

「ねえ吹雪、ちょっといいかな」

「うん?」

 呼ばれて顔を向けた瞬間、突如現れたカメラレンズと目が合った。ぴぴっ、かしゃ、と明瞭なシャッター音が鳴る。──撮られた。

「え、いま撮ったのかい?」

 完全に気を抜いている瞬間だった。優介は両手で持っているデジカメを少しずらし、肉眼で吹雪の姿を捉える。いきなりのことに唖然としているのが意外でおかしかったのか、優介は軽く吹き出した。

「すまない、驚かせてしまったな。盗み撮りばかりじゃ悪いかなと思って」

「ちゃんと言ってくれればポーズくらい取ったのに! ねえいまのボク、カッコ悪くなかった? すっかり気を抜いてた!」

 吹雪は大袈裟に落胆したかと思えば、瞬時に決め顔を浮かべてみせたりと表情を忙しなく変化させる。そのやかましいとも言える仕草に、忍び笑いをしていた優介の顔はうんざり呆れ返ったような苦笑いへ変わった。

「あ〜それ、それだよ……。吹雪はいちいちそういうこと気にするから、盗み撮りスナップにしてたんだった……。俺は自然体でいるところが撮りたいんだよ、決めポーズばっかりじゃつまんない」

「ええ、でも、でもさ……。不意打ちは卑怯だよ。ボクにも心構えってものがさ、」

「一年間超至近距離で盗み撮られてることに気付かなかったやつが、今更なに言うのさ。それに、これは俺だけが個人的に楽しむやつ。吹雪が不意打ちされて驚いてるところなんて、俺だけが知ってればいいんだよ」

 “俺だけが”。

 恋人相手にのみ使える特権めいたその言い回しに、吹雪の胸は鋭く射抜かれる。彼はここぞという場面での我が強く、吹雪にとってまったくの死角から寝首を掻いてくるのだ。幸福とは丸いかたちではなく、金平糖のようにトゲがたくさんある形状をしているに違いないと思った。そうでなければ、こんなにもこころに深々と甘く突き刺さっていることの説明がつかない。

「う……藤原、なかなか言うじゃないか。でもボクだって一年間なにも気付いていなかったわけじゃないさ、ただこんなにたくさん撮られてるのが予想外だっただけで」

「分かってないみたいだったからシャッター押したんだよ。俺は吹雪のことが好きで、好きだから写真を撮ってる。俺にとって写真を撮るのは、好きって言ってるのと同義なんだ。これの意味を、吹雪、きみはちゃんと分かってないだろう。吹雪は黙って俺に写真撮られてたらいいんだよ」

 優介はなにやらくだくだと、まるで研究成果の発表でもするかのように講じている。難しい話ではないはずなのだが、既に急所を貫かれていた吹雪にとって頭をパンクさせるには十分すぎるほどだった。

「開き直った藤原は本当に強いねえ……」

「開き直るもなにも、丸一年も気付かなかった吹雪が悪い」

「もう、わかったよ。ごめんってば。本当にきみはめんどくさいな。ボクは藤原のそういうところが好きなんだけど、もうちょっと手心っていうものがあるだろう。早く写真片付けてよ、そろそろ時間だから行かないと」

「ああ、そうだね、もう時間だ。出る準備するよ」

 優介は再び荒い手つきでばさばさと写真を掻き集める。床へ散乱していたそれらを一旦デスクの上へまとめて積み上げ、コートを羽織った。デジタルカメラを専用ケースへ納め、鞄の中へ滑り込ませていく。

「カメラ、好きだねえ」

「うん。というか、今日こそ写真撮らないと勿体ないだろ。記念日向けのディナーコースなんて初めてだよ俺」

「どうせならお店の人にシャッター頼んで、一緒に映らない? ほら、ボクの写真ばっかりで藤原の写真って全然ないからさ。俺はいいよ、とか言わないでよ。ボクが欲しいの」

「あはは……先回りされちゃったな。うん、そうだね。久しぶりにツーショットにしよう」

 空になった二つ分のマグカップをシンクへ置き、水道水を張っておく。洗うのは帰ってきてからでいいだろう。身支度を整えた優介は玄関へ先回りし、ドアを開けて吹雪が靴を履き終わるのを待っている。

 外はすっかり日が落ちて真っ暗になっていた。秋の澄んだ空気が肌に心地いい。一年前もこんなふうに晴れた星月夜だったな、と吹雪は思い出し、玄関ドアを閉めてその思い出を彼へ話し始めた。

 
 
 


遊戯王GX webオンリー Generation Timeless4/展示作品