Happy unbirthday - 1/5

ぱかん、と破裂音と共に陽気な紙吹雪が飛んできた。

「誕生日おめでとう!」

「……? 何の真似だ?」

亮は後ろ手でドアを閉めて冷静に対処する。寮の廊下にはずらりと同級生たちが並んでいて、亮が起きてくるのを待っていたとでも言いたげだ。

「何って、今日はカイザーの誕生日だろう! おめでとう!」

「誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」

口々に浴びせられるお祝いに、亮はいぶかしげに眉を顰める。

「俺の誕生日は昨日だっただろう。ふざけてるのか?」

「昨日って? 嫌だなカイザー、きみたちの誕生日は毎日来るものだろう?」

「…………は?」

呆気に取られているうちに、男子生徒のひとりが張り付いた笑顔で亮の手足を押さえた。有無を言わさぬ手つきで『本日の主役』のたすきを掛けられ、プレゼントらしき包みがいくつも押し付けられていく。両手には大きく平たい箱がまずひとつ、それを土台にして箱が大きいものから順に、どんどん積み上げられていく。

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「いや待ってくれ。一体何が起きている? 道を開けて──」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「……ッ、どいてくれ! 邪魔だ!」

揉みくちゃにされては敵わない、と亮は同級生の群れを跳ね除け掻い潜る。その隙に頭へなにか被せられるがそれを気にする余裕もない。廊下は右も左も同級生たちで埋め尽くされている。カイザー、おめでとうカイザー、と壊れたCDプレイヤーのような声がリピートし続けていて不気味だ。亮は抱えた大量のプレゼントを落とさないよう気をつけながら、特待生寮の裏庭へ繋がる階段を降りる。

山積みになったプレゼントのせいで前が見えにくい。ドアを抜けて一息ついてぼんやり眺めた空は青く、なんてことない爽やかな秋晴れの空だった。デュエルアカデミアは南の島であるため季節を感じにくいが、それでも中等部からここで暮らしていれば細やかな変化に気付くようになるのも、ある種当然と言えるだろう。

「ああ亮! おはよう、頭のそれどうしたの?」

「! 吹雪か。さっきから困っていたんだ、部屋を出たら取り囲ま──……っ!?」

よく見知った親友の声に振り向くも、そこにあったのは自分の予想を斜め上に飛び越えた光景だった。

「吹雪、その、なんだ、その格好は」

「あはは、ああこれ? 今日もボクの誕生日だって女の子たちから言われちゃってね。一昨日使ったのをまた引っ張り出したんだ」

ぴゅう、ぴるるるるる、と何本もの吹き戻しが伸びては戻しを繰り返す。吹雪は星型のフレームのメガネ越しに、いいだろうこれ、と笑顔を浮かべた。一昨日の十月三十一日、天上院吹雪の誕生パーティーで本人が身につけていたのと同じものだ。『本日の主役』たすきも掛けられている。

「そういうことでは……。いやでも、吹雪らしいと言えばそうか……」

「亮も遊ぶ? 吹き戻し、まだ余ってるから」

「要らない」

「そっか、それは残念。頭に着けてるその三角帽子と合わせたら良さそうだなって思ったんだけどね」

「……。吹雪、悪いが少しこれを持っててくれないか」

「外しちゃうのかい? 勿体無い」

プレゼントの山を吹雪に預け、亮は被せられていた帽子を外した。メタリックな青地に白い水玉が浮かぶ、ギラギラしたパーティーグッズだ。こんなものを被せられていたのか、ゆうべのパーティーでも一度断ったと言うのに。がっくり肩が落ちる。

「意外と似合ってて面白いのに」

「俺は別に面白さを求めていない」

「もう、硬いなあ」

「それより、さっき『今日もボクの誕生日だと言われた』と言ったな? 俺も同じことを言われたんだ」

剥ぎ取った三角帽子を足で雑に転がす亮を見て、吹雪は少し惜しそうに吹き戻しを咥える。

「ピー、ピュウッ、ぴるる、ピュウー」

「吹き戻しで返事をしないでくれ。気が散る」

「ピュゥー……。なんだ、亮も同じだったんだね。おかしいなあとは思っていたさ。ボクのぶんのパーティーは一昨日に散々やり尽くしたんだもの。星メガネも外したほうがいい?」

「好きにしろ」

じゃあこのままにするね、と吹雪は吹き戻しを小さくまとめながら答えた。

「でも本当におかしな状況だね。亮の誕生日だって昨日やり終えたばかりだ。あれはまるで、毎日が誕生日みたいな言い回しだった」

「ああ。毎日が誕生日なんて、そんなことあるわけないのにな」

ううん、と二人して首を傾げる。

確かに亮の誕生日は吹雪と一日違いだ。十月三十一日が天上院吹雪の、十一月一日が丸藤亮の誕生日で、学園の有名人である二人のパーティーは二日続けて盛大に行われた。そこまで大はしゃぎしなくても、と亮本人は思うのだが、お祝いしてくれることは単純に嬉しいし、なにより楽しそうに浮かれている親友を眺めるのも悪い気分ではなかった。

──アカデミアの『プリンス』と『カイザー』二人分の、カラフルに飾り付けられた特待生寮の談話室。ゆうべ、パーティーをお開きにした後。四方の壁を縫うように張られたガーランドを外そうとしたとき、その手を止められて『丸藤は片付けなくていいよ』『だって、明日もきっと、僕たちの誕生日だから』と言われた。

「(あれを言ったのは、確か)」

ところで、と吹雪が口火を切る。

「亮。気付いてる?」

「? なにがだ」

星型メガネの奥の目が引き攣る。

「この箱、たぶん全部カラだよ。軽すぎる」

「なに?」

亮は吹雪に預けたままだったプレゼントのひとつを手に取る。やけに軽い。不安に駆られながらリボンを解き、恐る恐る蓋を開けた。

「何も入っていない。これも、これも。全部カラだ」

「亮と合流する前、ボクも女の子たちから大量のプレゼントを貰ったんだよネ。無碍に扱いたくないから貰えるだけ貰って部屋で開けたんだけど。……全部からっぽ。外側の包み紙だけだったよ」

「……まるで意味がわからない。どうしてこんなものが?」

がさ、がさ、と草の上に空き箱と包装紙が放り出されていく。

先ほど同級生に囲まれて揉みくちゃにされたのは一体なんだったというのか。貼り付けたような笑顔、壊れたCDプレイヤーのごとくリピートされる『おめでとう』、外側だけで中身のないプレゼント。

この島に来てからと言うもの不思議な現象に会うことは時たまあったが、今回ばかりは、その程度の甘い認識では済まないことなのではないか。

「……毎日が誕生日……そんなこと……しかし、もしかすると……」

最後に残った箱の蓋に、亮が指を掛けたとき。

 

ぴ た っ、と、亮の動きが止まった。

周囲の木々が痙攣するように震え始め、太陽があっという間に真上へスライドしていく。雲間を出入りする日差しは明滅し、チカチカと目まぐるしく視界を刺し回った。秋風にふわりと揺らされた蒼い髪だけが空気を孕んだまま宙に止まり、空は赤く焼け、真っ黒くなった空には銀の月が浮かび上がる。

吹雪も同じように動きをほとんど止めていて、二人以外を取り囲むあらゆるすべてが凄まじい速さで移り変わっていく。

「これ、は──?」

 

『そう怖がらないで。安心してよ。丸藤も、天上院も』

『明日も。明後日も。僕たちの誕生日なんだから』

 

背後から聞き覚えのある声がして振り向こうとした直後、陽気な破裂音と紙吹雪が、また亮の目の前にあった。

 

***