半身

 葵ひなたはかつて自分自身を殺した、そのうえその死体を見ないふりしている。
 見ない見ない、ゆうたくんと同じじゃ意味が無い。いまもその死体はそこにあるのに

 見ない見ない、”葵ひなた”の死体なんて見ない、見えない、見ていない。
 だって俺はここに生きてるからね!ゆうたくんもそう思うでしょ?

「思わないよ」

 違うよゆうたくん、俺は昔からずっと甘いものが好きでピンク色が好きだったでしょ?

「…返して」

 なにを?

「俺の半身、返して。ねえアニキ」

 

 時々、そうして飛び起きる。背中にティーシャツが張り付く感覚に、胃液のような臭いが喉を突いてくる。
 ゆうたくんがまだ眠っていることが救いだ。

(俺の寝顔ってこんなかんじなのかな)

 ゆうたくんは俺の起きる時間を知らない。俺が起こさない限り、ゆうたくんは起きない。

「(起こさないでおこうかな)」

 起こさなかったらきっと、なんで起こしてくれなかったの?と言うだろう。俺は知らんぷりして、たまたま寝坊しちゃったんだ、とでも答えればいい。誰だって寝坊くらいする。

「(ゆうたくんが自分で起きるまで、俺も寝てたってことにしよう)」

 タオルケットを被り直し、枕を抱こうとしたが見つからない。よく見たらゆうたくんの布団に俺の枕も飛ばされていた。ちょうど、ゆうたくんと壁の間にぴったり納まっている。取り返すのは厳しそうだ。

「(…ま、いっか)」

 俺は枕を諦め、代わりにゆうたくんを抱いて寝直すことにした。

「……ん〜…」

 体をこうしてくっつけていると、まるで胎児に戻ったみたいだった。

 俺の脈とゆうたくんの脈は全く同じリズムを刻んでいる。双子だから。世界中でここにしかいない、俺の半身。

『返して、俺の半身』

「(夢の中のゆうたくんもそんなことを言ってたなぁ)」

 生まれる前の、体が半分に裂かれる前の俺たちに戻りたかった。

 俺はもうあと数分だけ、寝たふりをすることに決めた。