虎杖悠仁

午前10時のユウレイクラゲ

午前10時のユウレイクラゲ─07.この世にたった一人だけ

 ──記憶があるのは幸せなことだろうか。記憶があるから生きられるのだろうか。 無機質な灰色の天井。空調から吹く風にかすかに揺れるカーテン。悠仁は高専の医務室で目を覚ました。そっと両瞼が開けられ、ベッド脇に座っていた七海と目が合う。「起きまし…
午前10時のユウレイクラゲ

午前10時のユウレイクラゲ─06.夢の終わりのばちあたり

 なめらかな闇が訪れる。数秒の間を置いて、正面のスクリーンにどこかの教室が映し出された。カメラの視点は低く、おそらくは机に固定されている。椅子には誰も座っていない。画面奥がカーテンが揺れている。その更に奥、外へ続く窓からヒグラシの鳴き声がし…

午前10時のユウレイクラゲ─05.もしもともしもの交差点

「宿儺は映画館ははじめてだったりする? 面白いよ。俺たちは座ってるだけでいい」  真人は座席に深く腰かける。館内は明るく、スクリーンにもなにも映っていない。どうやら上映(プログラム)がひとつ終わったタイミングのようで、足元には前の客が残した…
午前10時のユウレイクラゲ

午前10時のユウレイクラゲ─04.まどろみパラレル叙述伝

 ひっそりと夜が明け、朝焼けの光が窓に差し込んでくる。薄紫に染め上げられた部屋。質素な家具と、床には中身が入ったままの段ボールが二箱。ハンガーにかけられた黒い制服には埃ひとつ付いていない。  丸く膨らんだ布団はかすかに上下し、深い寝息を立て…
午前10時のユウレイクラゲ

午前10時のユウレイクラゲ─03.名無草、根無言、蛻の夏

 なんだと思う、と質問で返された。「図鑑ですか」「うん、そう」 足元には分厚く重そうな本がどっさりと積まれていた。動物、植物、天文、気象、鉱物。専門的な学術に用いるような形式ばったものから、子供向けに柔らかい口調と振り仮名が使われたものなど…
午前10時のユウレイクラゲ

午前10時のユウレイクラゲ─02.おろかものたちの不文律

「あ、」 「……あ」  白い煙を吐く口もとに、タバコを持った指先。しまった、とお互いに思ったのか、場の空気が凍りつく。校舎裏になど誰も来ないとたかを括っていたのだろう、伊藤はジッと順平を見つめ返した。 「なにしに来た?」 「椅子を借りにだよ…

おもかげさがし

 右手でタバコをくわえ、ポケットからライターを取り出し、点火して一呼吸目。伊藤は白く濁った煙を吐きながら、コンビニの裏手口の壁にもたれかかる。寒さで白くなる息とは違う、不透明で淀んだ白。片腕だけで生活するのにもずいぶん慣れてしまった。もう三…